研修成果を覚えやすい形にしようとして生まれた〈幸せカルタ〉
〈幸せカルタ〉の内容は、日本の幸福メソッド
社内研修やアイデア会議のツールとしても活用する企業も
〈幸せカルタ〉が生まれたのは、慶應義塾大学大学院の前野教授の研究室であるヒューマンシステムデザイン研究室(ヒューマンラボ)。当時の学生たちとのワークショップの一環で企画されたそうです。
「当時、幸福研究の一環として“幸せの条件”を分析していたのですが、それが100以上もあり、なかなか覚えるのも大変でした。それなら、カルタの言葉にして五十音で並べたら、遊んでいるうちに覚えられるものになるのではないかと考えたのです」。
研究成果の“幸せの条件”を、学生たちが楽しく覚えるために考案された〈幸せカルタ〉は、作り上げていく作業も楽しかったそうです。
「“幸せの条件”で有名なものは必ず入れていきましたが、学生たちの発想力がおもしろく、『(き)偽善も積もれば善となる』、なんてユニークな表現も出てきました。賛否両論ありそうですが、実際に、きっかけは興味本位でボランティアに参加しても、続けていくうちに善い人になっていき、最終的には幸せな気持ちになるという研究事例に対応しています。
カルタ作りを通して、私も学生たちと同じように、いろいろと考えさせられることも多かったですね」。
〈幸せカルタ〉は日本の古典的な遊びであるカルタがベース。発表当初は、40代から60代の反応が多く、なかには「学校のスピーチで引用したい」という校長先生からの相談も。しかしヒューマンラボのサイトで無料公開すると、さらに広い世代の目にとまり、今では社内研修で取り上げる企業も増えているそうです。
「カードを引いて、組織をよくするためにそこに書かれていることを実践するにはどうすればいいのか? を話し合うのもいいと思います。例えば、ハウスメーカーの社員さんが“お客さんが幸せになれる家”というテーマでこのカードを引き、書かれた言葉に紐付けて意見を出し合ったら、結構いろんなアイデアが出たなんて事例もあります。
真面目に話し合うのもいいですが、笑いながら、楽しく会議を進めていく方が、いい意見が出ることも多いですよね。そこから発展させて、自分たちでオリジナルの『幸せカルタ』を作るのもありだと思いますよ」。
対話や会議のツールという需要に応え、〈幸せカルタ〉を発展させた〈Well-Being Dialogue Card〉も生まれました。こちらは幸福度を高めるためのトランプ型対話カードで、書かれた質問に答えていくことで、“幸せの四つの因子”についての理解を深めることができるそうです。
「おかげさまで『Well-Being Dialogue Card』も好評ですが、そのルーツとなる『幸せカルタ』も来年で10周年となります。そこでこのタイミングで原点に戻り、『幸せカルタ』を幸せになるための重要なツールとしてアップデートさせるのもいいかなと考えています。この10年で得た、新たな“幸せの知見”をプラスしつつ、今度はもっと読み上げやすく、五七五調で統一してもいいかもしれませんし……
何より、カルタを作る過程は本当に楽しかったので、もう一度、学生たちとその喜びを共有したいという気持ちもあります」。
日本のウェルビーイング研究の最前線に立ち、長年携わってきた前野教授は、「世界での盛り上がりに比べると、日本のウェルビーイングの研究者はいまだ少ないのが現状」と言います。
そうしたなかでも、日本特有の価値観に基づいた幸福研究に注目が集まっているそうです。
「日本では、何もない平穏こそ幸せという価値観があります。調和の取れた世界の幸せですね。これを表現しているのが“集団的幸福”(京都大学・内田由紀子教授)や“Better Co-Being”(慶應義塾大学・宮田裕章教授)などの言葉だと思うのですが、こうした欧米にはない、日本独自の幸福感を世界に向けてもっと発信できたらおもしろいと思っています」。
家族や学校の仲間、職場の同僚たちと一緒に、楽しみながら幸福についての理解を深めることができる〈幸せカルタ〉も、調和を大切にする文化から生まれた日本独自のウェルビーイングのメソッドと言えそうです。日本式の幸福論として、〈幸せカルタ〉が世界で注目される日も遠くないかもしれません。
前野隆司(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授/慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長) 認知心理学からヒューマンロボットインタラクション、システムデザインまで幅広い分野で幸福にまつわる研究・教育活動を行う。最新著書に『ディストピア禍の新・幸福論』(プレジデント社)。
画像素材:應義塾大学大学院ヒューマンシステムデザイン研究室、PIXTA
印刷用幸せカルタPDF:http://lab.sdm.keio.ac.jp/maenolab/shiawasekaruta.pdf