2023.06.22

街の中に接点を作る。実験的拠点、おやまちリビングラボとは?

ライフスタイルが多様化する現代。アカデミックな角度からウェルビーイングを研究し、社会課題を解決しようという試みが国内外で起きています。そんな中、東京都市大学の総合研究所、ウェルビーイング・リビングラボ研究ユニットが2022年6月、同大学の地元でもある世田谷区尾山台地区に「おやまちリビングラボ」を開設。人と人のつながり、地域コミュニティから、ウェルビーイングを重視した社会システムを生み出す実験的拠点です。

どうして今、この拠点をオープンし、街の人とかかわっていくのか。研究員メンバーの坂倉杏介准教授に伺います。

要約すると

  • 社会課題をみんなで考えて取り組む場として「おやまちリビングラボ」を街の中に設置。

  • 職場でも学校でもない、第3の場所だからこそ新しい挑戦が可能に。

  • 機能不全を起こしている社会システムに代わるアイデアを共創していく。

坂倉杏介(東京都市大学都市生活学部 准教授) 2015年より東京都市大学都市生活学部准教授。コミュニティマネジメント研究室開設。専門はコミュニティマネジメント、ウェルビーイングデザイン、社会イノベーション。主な共著に『わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために その思想、実践、技術』(BNN新社)『場づくりから始める地域づくり』(学芸出版社)。 

街に出て、コミュニティと一緒に社会課題を考える 

2022年6月に世田谷区尾山台地区に誕生した、実験的拠点「おやまちリビングラボ」。東京都市大学のウェルビーイング・リビングラボ研究ユニットが、商店街にある学校用品店「タカノ洋品店」をリノベーションした「タタタハウス」の2階に開設しました。 

こちらの研究員として活動しているのが、国立研究開発法人科学技術振興機構の社会技術研究開発センター(RISTEX)の研究プロジェクトなどでウェルビーイング研究を行ってきた、東京都市大学の坂倉准教授。設置背景には、尾山台地区の住民や学校、商店、大学などいろいろな人たちが集まって活動を行う「おやまちプロジェクト」の存在が大きく関わっていると言います。  

「おやまちプロジェクトの活動によって、街に暮らす様々な住民同士のつながりが生まれ、さらに企業、医療・福祉機関との協力関係が構築されていました。 

一般的に、国内のリビングラボというと、企業や大学、自治体から、いわばトップダウン的に作られ、街の課題を解決するようなプロジェクトが発足することが多くなります。しかし、おやまちプロジェクトを通じて出会った企業や様々な機関と連携する経験を通じて、彼らの専門性を持っても解けない社会課題を“みんなで考えて取り組む場”が、これからの街の役目なのではという価値の転換が起きて。それで、いろいろな問いや思いを街のなかに持ち寄り、多様な立場の人たちの共創によってイノベーションを起こすラボを設置しようと考えました」 

さらにRISTEXでの経験も、おやまちリビングラボ設置のもう1つの理由に。 

「いくらウェルビーイングのためのサービスやツールの開発をしても、暮らしの中で継続的に使う仕組みを考えないと、単発で終わってしまうことが多い。そのため、専門家や研究者、エンジニアが街で暮らしている人と対話ができる環境が必要だと感じていました」  

坂倉准教授が参加するおやまちプロジェクト、RISTEXでの研究をもとに設置されたおやまちリビングラボ。暮らしの現場となる街で、コミュニティと一緒に社会課題を解決するため、設置場所として選んだのは尾山台の商店街でした。 

「街に暮らす人が主体となり、オープンイノベーションのプロセスを踏み出すには、やはりボトムアップで行う必要があります。そこで大事なのは、街の人が触れやすい環境であること。大学や企業などの中に開設するのではそれが叶えられない。だから、日常的に小学生や親御さんが学校用品を買いに訪れたり、店休日にポップアップショップやカフェがオープンしたりと、街の人が自然と集まるタタタハウスを拠点にすることにしたんです」 

第3の場所としての機能

現在、おやまちリビングラボが街の人や企業、医療機関、行政などと一緒に行っているプロジェクトは、コミュニティマネージャーの研究、科学技術振興機構の研究プロジェクト、ウェルビーイングな道徳の授業の設計やゲーム開発など、地域活動から研究リサーチ、デザイン的アプローチまで多岐にわたります。 

「その一つひとつのプロジェクトは小さいけど、自分たちの暮らしと違う軸で少しウェルビーイングを意識した、心が満たされるような活動を行っています。個人や企業、行政など多様な人たちがプロジェクトに関わることで、それぞれ組織の人としての役割を持ちながら、いち生活者としての思いも乗ってくる。一人ひとりの多面性が反映され、プロジェクトとしてすごくおもしろい作用が起きています」 

なかでも、印象に残っているのは、尾山台地区にある尾山台小学校の6年生の児童たちと一緒に行ったマルシェ。 

「児童たちが商店街のお店に取材し、その体験を基に大学生やお店の人たちに協力してもらいながら、実際に屋台を出してマルシェを開催しました。そこで感じたのは、職場でも学校でもない、第3の場所として、おやまちリビングラボがあるから新しい挑戦を受け入れてもらえるということ。 

地域との連携はなかなか難しい側面があるんですけど、おやまちリビングラボが媒介者となることで、街の人が自然なかたちで関わってくれる。運営のアイデアを提案してくれたり、開催の手助けをしてくれたり。その街の人の提案を小学校側も受け入れてくれたので、マルシェを無事に開催することができました。他者と一緒に新しく何かを行うのには、自分たちのやり方を変えていくことがすごく大事。そして自分たちの領域から少し外に出てみたら新しいことが生まれる。そういうことを学んだような気がします」 

コミュニティとつながり、心が満たされる世界に 

ウェルビーイング・リビングラボ研究ユニットが発足しておよそ3年、そしておやまちリビングラボが誕生して半年ほど。街全体に変化をもたらすのは簡単ではないとはいえ、街の中には、小さなアクションがポツポツと生み出されているそうです。 

 

「ウェルビーイングな商店街づくりが始まりつつあったり、街の活動を行うグループを作ろうといった動きが起きたり。直接私たちが携わるでもなく、街の中で偶発的に様々なアクションが起きているように感じています」 

 

坂倉准教授たちの活動が街や、街の人に変化を与えていますが、どうして今、おやまちリビングラボのような場所が必要なのでしょうか。 

 

「まず、高度経済成長に伴い、構築された社会システムが機能不全を起こしている点が挙げられます。時代とともに社会システムも変わっていけなければいけませんが、国や行政、民間企業がやってくれるわけでもなく、そのシフトチェンジができていません。だからこそ、自分の暮らしをちょっとだけウェルビーイングにするには、個人の振る舞いや価値観を変える必要があるんですよね。 

仕事やプライベートが忙しい私たちは、街や街の人たちと関わる数時間も惜しい。でも住民は増えなくても、参加する人の割合が増えていけば街の活気は増すし、本来は、仕事やプライベートとは違う時間、たとえば、街で暮らしている実感がウェルビーイングにつながったりします。他者や社会とつながると、すごく心が満たされる。地域や街はそういう“つながる場所”になりやすいから、今、おやまちリビングラボのような装置が必要なのだと思います。こうした場所が契機となり、結果的にいろいろな人が知恵を出し合って、街の中で様々なアプローチが起こっていく。街全体がおやまちリビングラボのような場になっていくといいなと考えています」 

画像素材:東京都市大学ウェルビーイング・リビングラボ研究ユニット 

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Well-being Matrix編集部
人生100年時代の"しあわせのヒント"を発信する編集部。