2024.02.01

目の見えない人と一緒にアートを鑑賞する旅。そこからどんな世界や自分が見えてくるのか?

「見える人」も実はそんなにちゃんと見えていない!
人はなぜアートを見るのでしょうか。日常からいっとき離れ、非日常を体験するため? 美しいものに触れて心を癒すため? それとも、ものを深く考え、世界を新しい目で見るため? ノンフィクション作家の川内有緒さんによる『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』は、アート体験が私たちにもたらす豊かさを、これまでにない方法で提示してくれる本です。

要約すると

  • 全盲の美術鑑賞者・白鳥さんと一緒に絵画や仏像を鑑賞するノンフィクション

  • 白鳥さんがその場にいることで鑑賞者のあいだに対話が生まれ、1つの美術作品を前に感想を分かちあうことができる

目の見えない人が美術作品を「見る」とはどういうことなのか

あるとき友人から「白鳥さんと作品を見るとほんとに楽しいよ!」と言われたのをきっかけに、川内さんは、全盲の美術鑑賞者、白鳥健二さんと一緒に、全国各地の美術館をめぐり始めます。本書はその美術鑑賞の様子を中心に追う、さながらロードムービーです。

目の見えない人が美術作品を「見る」ということに半信半疑だった川内さんですが、白鳥さんに、目の前の作品がどんなもので、何が描かれているかを説明しながら鑑賞するうちに、「途中から印象がガラリと変化したり」「目に入らなかったディテールに驚かされたりして、なんだか自分の目の解像度が上がったような感覚」になり、「これまで味わったことのない種類の喜び」を感じるようになります。

同じ作品を見ても、人によって反応が正反対で、わかったと思っていた作品の別の面に気づかされることもある。

あるいは、ああでもないこうでもないと話しながら1人の作家の回顧展を見ることで、その作家の何かがつかめたと実感できることもある。

白鳥さんがそこにいることで対話が生まれ、各々の内に閉じていたアート鑑賞の輪郭が、大きく広がっていく様子が描かれます。

壁が取り払われる瞬間

興福寺の国宝《木造千手観音菩薩立像》を大勢で一緒に見ていたときには、さらに不思議なことが起こります。

その風貌から受ける印象を次々と自由に述べていると、「食堂のおばちゃんに似ている」という声が上がり、全員が盛り上がりました。それを聞いた僧侶は驚き、この千手観音が実際に寺の食堂の本尊であることを明かします。みんなで話すうちに、意図せず、作品の本質に迫っていたのです。

白鳥さんは、そんなふうに作品について自由に語る川内さんたちの声を、いつも静かに聞いているといいます。みんなの意見がズレればズレるほど面白がり、作品から離れて飛躍していく話に、楽しそうに耳を傾けます。それは、それまで「見える人」に対して感じていた引け目や壁が、美術を見る行為を通して取り払われていくから。実際に白鳥さんに作品を説明しようとして、自分が実は作品をよく見ていないとか、思い込んでいたことに気づき、うろたえる人も多いそうです。そんな人に接すると、「『見える人』も実はそんなにちゃんと見えていないんだ!」と思えて「色々なことがとても気楽になった」とも白鳥さんは本書の中で語っています。

アート体験でわたしたちが分かちあえるもの

目の見えない白鳥さんとアート作品を見る。それは異なる人生を生きてきた人たちが、同じ時間を共有し、お互いの言葉に耳を傾ける、得がたい機会を生み出します。思いもかけない意見や反応、体験に触れることによって、互いの境界がぼんやりと薄れていくのです。

「けんちゃんとアートを見るっていうのはさ、要するにみんなで荒野に行くようなもんだよね!」——白鳥さんの友人の1人が放った一言が特に印象的です。

世界はわからないことだらけだけど、1枚の絵を前にみんなで感想を分かちあうようにして何かを掴んでいくことはできるのだと、人生という荒野を進む勇気をもらえる1冊です。

『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』 川内有緒 著、集英社インターナショナル

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Well-being Matrix編集部
人生100年時代の"しあわせのヒント"を発信する編集部。