「盛り」の進化は、ビジュアルコミュニケーションの進化
「盛り」と実際の姿とのズレに「自分らしさ」がある
『守・破・離』を繰り返し、独自の「盛り」を獲得していく
1995年に登場したプリントシール機(プリクラ)。一度の撮影で同じ写真シールを複数枚出力してくれることから、友達同士でプリクラを交換し、「プリ帳」に貼って見せ合う楽しみ方が女子高生を中心に流行しました。知り合いを超えた層にまで届くビジュアルコミュニケーションです。そしてこのビジュアルコミュニケーションが、時代にあわせて「最も効率的な方法」へと進化していくことになります。
1990年代の後半には、ポケベルの流行によって女子高生たちは学校の枠を超えてつながりはじめました。渋谷で「サークル」を形成し、黒い肌に白い髪といったハイコントラストで奇抜な容貌をしたグループが雑誌で注目され始めます。人の多い渋谷で異質にも映る奇抜さは、雑誌編集者の目に留まる「最も効率的な方法」だったのです。一方で、リアルな世界で奇抜な格好ができない女子高生たちは、プリクラというバーチャルな世界でイケているビジュアルを追求するようになります。「盛り」という言葉が生まれたのは、2002年秋ごろの東京・渋谷だと久保さんはいいます。
カメラ付き携帯電話(ガラケー)の普及に伴い、女子高生たちのビジュアルコミュニケーションは「目」に特化していきます。それは、レンズが小さく、大きな対象を鮮明に写しにくいガラケーでのやり取りには、小さく色情報の少ない「目」を「盛る」ことが「最も効率的な方法」だったから。目を大きく見せる安価なキット商品も生まれ、携帯ブログにおけるコミュニケーションは、いかにデカ目に「盛る」か、その方法を伝え合うものとして全国に広がっていきました。
「盛り」文化最大の特徴は、盛った姿と実際の姿とのズレをよしとすること。人工的な「盛り」顔は、コミュニティ外の人からは「似たような顔」にしか見えないかもしれません。しかし、コミュニティ内では違いは明らかで、そこにこそ彼女たちは「ものづくりの成果」としての「自分らしさ」を感じているようです。
「まずはデカ目という型を『守』り、それができたら『破』って個性を表し、それが真似されたら『離』れて新しい型を作る。『守・破・離』の美意識がそこには働いている」と、久保さんは分析します。
そして2010年以降から、写真加工アプリを駆使して別人感が強すぎるほどのデカ目になったのは、「コミュニティ内だけで進化が進み、外の基準とのズレが大きくなったからだ」といいます。
独自の進化を遂げて、コミュニティ外の人には区別・理解できない方法で個性を見せ合うようになった「盛り」文化。そこにあったのは「みんな、わかってよ!」という欧米型の自己主張ではなく、どこかにいるはずの誰かに向かって「私を見つけて」と自己承認欲求を投げかける、切実でけなげな主張なのかもしれません。皆さんはこの美意識、理解できますか?
『「盛り」の誕生 女の子とテクノロジーが生んだ日本の美意識』©久保友香/太田出版