2023.08.31

シニアの幸福な感情は、香りで呼び起こせる!?

大阪産業大学と花王株式会社感覚科学研究所の研究より
蚊取り線香の香りで子ども時代の楽しい夏休みを思い出したり、街ですれ違った人の香水が失恋相手と同じで胸が苦しくなったりすることがありませんか? 

このように、香りが記憶と強く結びついていることは広く知られており、若者からシニアまで多くの人が実際に体験したことがきっとあるはずです。そのなかで、シニアは若者より香りからポジティブな記憶を呼び起こしやすいことが、大阪産業大学と感覚科学研究所の研究で明らかになりました。研究チームはこれがシニアのウェルビーイングをサポートするヒントになると考えているようです。

要約すると

  • シニアは若者に比べて、過去の出来事をポジティブに記憶する傾向がある。

  • シニアは若者に比べて、香りからポジティブな記憶を多く想起する。

  • 香りによって呼び起こされる感情は、高齢者の幸福を促進する重要な役割を果たす可能性がある

シニアは過去の出来事をポジティブに記憶する傾向がある 

世界保健機関(WHO)の定義では65歳以上を「シニア(高齢者)」としています。日本の総人口に対する65歳以上の人の割合は、世界で最も高い水準です。総務省統計局によると2022年には29.1パーセントになり、今後も上昇する見込みとなっています。そのためシニアの身体的・心理的な幸福のサポートは非常に重要であり、日本人のウェルビーイング向上に欠かせない課題の1つと言えます。 

そもそもシニアは若者に比べて過去の出来事をポジティブに記憶する傾向があるそうです。たとえば「友だち」や「学校」などの単語から記憶を呼び起こしてもらった場合、年齢が上がるにつれて悪い出来事よりも良い出来事の数が増えるということが、これまでに多くの先行研究で明らかになっています。 

「未来が長く漠然としている場合、知識の獲得や探求は将来の不確かな課題への準備に役立つ。逆に残り寿命が短くなると、未来への長期的な準備の重要性は低くなり、感情の調節や幸福感などが優先される。したがって、高齢者は若年者と比較してネガティブな情報よりもポジティブな情報に注意を払い、より多く記憶するようになる。その結果、加齢によるポジティビティ効果(ARPE)が発生する」(山本&杉山、2023)。 

研究チームの山本晃輔と杉山東子は、この効果が香りによって誘発される記憶に対しても生じるかどうかを理解することで、シニアの幸福と認知症への応用に重要なヒントを得られるのではないかと考え、実験を開始しました。 

香りに関連する記憶は、言語や視覚・聴覚的な手がかりによって呼び起こされる記憶と比べて、より強い感覚を呼び起こします。また、香りにより呼び起こされた記憶は、言語や視覚などにより呼び起こされた記憶よりも古い記憶であったことや、アルツハイマー病患者であっても香りが記憶を呼び起こす強力な手がかりとして機能する可能性があることなどが、先行研究で報告されています。  

「これらの知見は、香りにより呼び起こされた記憶を介して、ARPEが強力に喚起される可能性を示唆している」(山本&杉山、2023)。 

香りが高齢者のウェルビーイングをサポート 

今回の研究の実験参加者は、若年層317名(20~49歳)と高齢層181名(60~79歳)の日本人。過去の研究によって日本人の個人的記憶を引き出すとされた、ピーチ、ジャスミン、ミント、オレンジ、固形せっけん、バニラ、ヒノキ、ローズの8つの香りが用いられ、各ボトルには実験参加者が中身を特定できないようランダムな文字のラベルが貼られました。 

まず実験参加者には、1日に1つの香りサンプルを嗅いでもらい、最初に思い出した記憶に焦点を当て、何歳のときに起こった出来事なのか、その記憶の内容を記録してもらいます。次に、「香りによって喚起される自伝的記憶特性質問紙」の21の質問に答えたあと、香りからどの程度の感情が喚起されたか、その感情はどのくらいポジティブかネガティブかなど、香りの知覚と認知に関する5つの項目を7段階で評価。この手順を4日間連続で繰り返し、その後3日間の休憩を挟み、最後に残り4つのサンプルも同様に評価してもらいました。

その結果からは仮説どおり、高齢層は若年層よりも香りからポジティブな記憶を多く想起したことが裏付けられました。論文によると「高齢層は若年層よりも香りによる感情的喚起や快感を高く評価しており、感情的な手がかりを得やすく、より直接的に記憶を喚起できることが示唆された。そのため高齢層は若年層よりもさまざまな記憶特性を高く評価。こうしてARPEが発生した」(山本&杉山、2023)。

研究チームは「本研究はウェルビーイングと直接は関係ないが、高齢者の記憶とポジティブな感情の関係について、低下する心身機能を強化し、ウェルビーイングを向上させるために必要な知見を提供できる」(山本&杉山、2023)ともしています。 

ただし、いくつか注意しなければならない点もあります。 

1つはシニアと若者では記憶の量が異なる点。つまり、長く生きているシニアのポジティブな記憶の総数は、若年者よりも多いはずです。これは記憶を呼び起こす際、ポジティブな記憶をより多く選択できることを意味します。もう1つは、実験参加者が自宅でおこなったオンライン実験であり、厳密にコントロールされた環境下ではなかった点です。ほかにも実験参加者が日本人のみであったことや、ネガティブな香りが使用されなかった点などにも留意する必要はありそうです。  

高齢者の幸福を作る、香りの重要性に注目 

このように今後の研究に委ねられた「余地」はあるものの、この結果から香りにより誘発されるシニアの記憶はポジティブな記憶が多いことが示されたと言えます。研究チームは「香りによって呼び起こされる感情は、高齢者の幸福を促進する重要な役割を果たす可能性がある」(山本&杉山、2023)と締めくくっています。  

引用論文:Influences of age-related positivity effect on characteristics of odor-evoked autobiographical memories in older Japanese adults(2023、https://doi.org/10.3389/fpsyg.2022.1027519 

画像素材:PIXTA 

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