2024.04.23

認知症になってもウェルビーイングでいるには、犬が必要? 英国の長期調査でわかったペットの「世話」が飼い主を幸せにする理由

要約すると

  • ウェルビーイング向上には、ペットを飼うだけでなく「世話」することが必要。

  • 犬を飼って「世話」をしている認知症患者は、週に3時間以上歩く人が1.8倍、孤独である可能性は35%低くなる。

近年世界的に深刻視されている問題のひとつに、人口の高齢化に伴う認知症の増加があります。長寿で知られる日本も例外ではありません。「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」の推計によれば、65歳以上の認知症患者数は、2025年に約675万人に達し、およそ5.4人に1人が認知症になるといいます。

身体的に健康でありながらメンタル的にも良好で、かつ社会とのつながりを保ち続けるにはどうすればよいのか、もしくはよりシンプルに、ずっと幸せでいるためにはどうすればよいのか、という問いかけに関心が集まっています。

そうしたなか、ペットの所有・飼育が認知症患者に与える影響を調査した研究により、ペットの「世話をすること」が認知症の当事者に対して良い刺激を与えることが明らかになりました。

犬も歩けば、飼い主も歩く

英マンチェスター・メトロポリタン大学の心理学者キャロル・オプデベックらによる研究チームは、英国内の自宅で暮らす軽度から中等度の認知症患者1,542人のデータを用いて、「ペットの所有/世話」と、散歩・孤独・うつ病・生活の質(QoL)との関連性を分析しました。これは、認知症患者とその介護者を対象にした長期的な追跡調査を行なうIDEALプログラムと共同で行われたものです。

その結果まず明らかになったのは、ペットが飼い主の日常生活におけるルーティーンや運動量を増やすということでした。オプデベックらによれば、ペットを飼っている認知症患者は飼っていない認知症患者に比べて、週に3時間以上歩く人の割合が1.4倍。なかでも犬を飼っている場合の散歩量は際立っており、犬の飼い主は「犬を飼っていない人に比べて、週に3時間以上歩く人が1.8倍」多くなります(Opdebeeckら 、2020)。

ところが同じ犬の飼い主であっても、「世話に参加しない」場合には、運動量への影響は現れません。研究では、犬などのペットを飼っていても世話に関与していなければ、その人の散歩量は「ペットを飼っていない人」と変わらないことが示されています。

さらに、ペットの飼育には飼い主に安心感をもたらす効果も見られました。アンケート回答の分析から、犬を飼っていてかつ世話に携わっている認知症患者は犬を飼っていない認知症患者に比べて、「孤独である可能性の割合が35%低い」という結果が報告されています(Opdebeeckら、2020)。

ここで興味深いのは、ペット(特に犬)を飼っていたとしても世話をしていない認知症患者の孤独感は、ペットを飼っていない認知症患者と同程度だという結果が出ている点です。これは、先ほどの散歩量への影響と同様の結果を示しています。つまり、ペットを飼うだけではなく、世話をすることではじめて生まれる影響があるということなのです。

ウェルビーイング向上の鍵はペットの「世話」にあり

それどころか、ペットの世話をしないことでメンタルヘルスに悪影響をもたらす場合もあると、この研究は報告しています。

オプデベックらによれば、ペットを飼っていても世話に関与していない認知症患者は「ペットを飼っていない認知症患者に比べて、うつ病になる可能性が1.8倍」高く、特に飼っているのが犬の場合、「世話に関与していない人は、犬を飼っていない人に比べて2.2倍うつ病」になりやすいのだとか(Opdebeeckら、2020)。

同様の現象は、QoLへの影響にも見られています。ペットを飼っていても世話に関与していない認知症患者は、ペットを飼っていない認知症患者と比べて「QoLのスコアが1.58ポイント」低い数値を、また飼っているのが犬の場合は、飼っていない人との比較で「2.13ポイント」低い数値を示しています(Opdebeeckら、2020)。

これはどういうことなのでしょうか。

これまで先行研究では、ペットを飼うことによって飼い主である高齢者に安心感やルーティーンや責任感がもたらされ、「孤独感の減少や社会性の向上」につながったという結果も報告されていました(Connellら、2007/Hui Ganら、2019)。こうした先行研究の示す結果と、今回の調査結果が食い違う点については、オプデベックらも「今回の調査では考慮できていない他の変数が多数存在する可能性」を認めています。たとえば一般的に、もともとうつ病傾向にある人はペットの世話に積極的に関与したがらないが、今回の調査では1,542人の個別データまでは考慮できていない、というのがその一例。

それでもここまで見てきたとおり、ペットの飼育が認知症患者に与える影響には良い面、悪い面の両面がありそうです。どう良いのか/どう悪いのかという正確な影響関係が解明されるためには、さらなる調査や研究が待たれるところですが、オプデベックらによって、ペットが認知症患者に与える影響はその本人が「ペットを世話しているのか/いないのか」によって大きく分かれることは明らかとなったと言えます。

この研究は、ペットを飼うという営みのなかにも「所有」と「世話」という性質の異なる側面があり、認知症患者の「世話」へのコミットメントの程度によって本人に及ぼす利点が変わることを示唆しているのです。

引用論文:Carol Opdebeeck, Michael A. Katsaris, Anthony Martyr, Ruth A. Lamont, James A. Pickett, Isla Rippon, Jeanette M. Thom, Christina Victor, Linda Clare, On Behalf Of The IDEAL Programme Team: What Are the Benefits of Pet Ownership and Care Among People With Mild-to-Moderate Dementia? Findings From the IDEAL program(2020、https://doi.org/10.1177/0733464820962619)
画像素材:PIXTA

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