2023.09.14

人ひとりの将来の幸福度を最大化するためのAIとは:ベンチャー企業とハーバード大学の共同開発が進行中

「AI」でウェルビーイング
人がウェルビーイングであるために欠かせないのが「心理的な幸福」です。幸福に対する関心の高まりからか、近年はメディアでメンタルヘルスの重要性が説かれ、書店で「幸福学」に関する本を目にすることも珍しくなくなりました。ところが、人々のメンタルヘルスは年々悪化しているそうなのです。『Our World in Data』が公開したIHMEの調査では、2017年の時点で7億9200万人とされていた、うつ病などの精神疾患を抱えて生活している人の数は翌年までに10億人に増加したとも報告されています。

そうしたなか、ベンチャー企業と大学の共同研究により、将来の心理的幸福を最大化するためのパーソナライズされた道筋を示す人工知能(AI)プログラムが開発されていることが明らかとなりました。

その研究の現状をまとめたのが、今回紹介する「人工知能によるウェルビーイングの最適化:情緒的安定領域を特定するための自己組織化マップ(Optimizing future well-being with artificial intelligence: self-organizing maps for the identification of islands of emotional stability)」です。

要約すると

  • 将来の幸福度と関連した32項目のうち、うつ病の人に特有の項目がある。

  • 32項目を地図化することで「うつ病の人が多いエリア」を可視化。

  • その地図と、地図上での「現在地(心理的健康状態)」から、AIはうつ病のリスクを避けより幸福に近づくステップを個別に算出できるようになる。

■将来の幸福度に影響を与える32項目

AIによる創薬を牽引するベンチャー企業インシリコ・メディシンの創設者兼CEOで、『The Ageless Generation(邦題:平均寿命105歳の世界がやってくる)』などの著作があるアレックス・ ザヴォロンコフが、ハーバード大学のナンシー・エトコフらと行なったこの共同研究では、心理アンケートの結果に基づき、心理的年齢や将来の幸福度、うつ病のリスクを予測するディープラーニング・モデルが提示されています。

それがどう幸福の向上に活用できるのか? という話の前に、まずは開発されたプログラムの仕組みと、研究過程で見いだされたウェルビーイングに関する発見を紹介していきましょう。

ザヴォロンコフのチームはまず、1995〜1996年と2004〜2006年の二度にわたる電話やアンケートを通して得た、3891人のデータサンプルから将来の幸福度に影響を与えうる32項目を特定しました。

■うつ病の人に特有の項目があった

精神的に安定した人には共有されておらず、うつ病の人に多く見られる態度の上位5つは以下のとおりでした。

「日々の活動がコミュニティに貢献していない(と感じている)」

「親しい関係を維持するのが難しい」

「過去を振り返るのは無駄だ(と考える)」

「社会は自分のような人間のために改善されていない(と思う)」

「人は他人の問題に関心をもっていない(と感じる)」

一方、精神的に安定した人に多く見られ、うつ病の人にはない態度として挙げられたのは、以下のようなものでした。

「人生は学び/変化/成長のプロセスである(と捉えている)」

「やろうと思えばなんでもできる(と感じている)」

「社交性がある」

「近い将来の目標設定はいいこと(だと考える)」

■AIが導き出す、幸せへの最短ルート

またザヴォロンコフらは、人が学習していくプロセスに似た「自己組織化マップ(SOM)」というアプローチを用いて、アンケート参加者のデータを二次元の地図に変換し、うつ病の人が多いエリアとうつ病でない人が多いエリアを可視化しています。このSOMを使えば、アンケート結果を送るだけで、自分の地図上での“現在地(心理的健康状態)”がわかるのみならず、そこからより幸福な状態に向かうルートを自動で算出することも可能です。

研究では「SOMなどのディープラーニング・アプローチは、初期評価を自動的に行ない、パーソナライズされた日常生活上での各ステップを提供するレコメンデーション・エンジンとして機能」(Zhavoronkovら、2022)するとされています。つまりこれは、ある人物が持っている傾向や、重視している幸福の価値観に応じて、個別に最適化された“乗り換え案内”を提案してくれるというようなイメージです。たとえば、A駅にいるあなたがB駅に辿り着くには、「C駅を経由して、D駅で乗り換えるのが最短ルートですよ」というように。

■AIの予測はどのくらい当てになる?

そこで気になるのが、精度ですが、この研究に付随して実施された比較分析によれば、将来の幸福度における「ディープラーニング由来の予測値」は、「現在の幸福度や年齢や性別」に基づく予測よりも総じて「実際の将来の幸福度」に近いことが示されたと言います(Zhavoronkovら、2022)。

さらに今後の活用範囲についても触れ、「こうしたモデルは、初めての対面セラピーやその後のフォローアップの評価ツール、あるいは幸福度を向上させるための自助アプリとして使用することができます」(Zhavoronkovら、2022)。

とはいえ、課題がないわけではありません。今回の研究で、幸福度に影響を与えるとされた項目は32に限定されましたが、特定の治療を効率的に行なうには、それ以外の要因が影響してくることも考えなければいけません。たとえば、エトコフによる今回の研究に先行した分析によれば、身体的魅力が心理的幸福に影響を与える影響を与えることが証明されているのだとか(Beauty in Mind: The Effects of Physical Attractiveness on Psychological Well-Being and Distress, 2016)。それ以外にも、ライフスタイルや慣習などのファクターを加味する必要があるだろう、と提言して今回の論文は結ばれています。

より多くの要素がディープラーニングによって学習された暁には、簡単なアンケートに答えるだけで、長生きするためのヒントが届くアプリが登場するかもしれませんね。

引用論文:

Alex Zhavoronkov, Nancy Etcoff, Fedor Galkin, Kirill Kochetov, Michelle Keller: Optimizing future well-being with artificial intelligence: self-organizing maps (SOMs) for the identification of islands of emotional stability(2022、https://doi.org/10.18632/aging.204061)

画像素材:PIXTA

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