幸せホルモンと呼ばれる「セロトニン」の分泌に役立つ食べ物を「セロ飯」と呼んでいる
卵料理専門店「喜三郎農場」の高木さんに卵と幸せについてお聞きする
心穏やかに満ち足りた日々を過ごしたい……。そんな時に意識したいのが、幸せホルモンと呼ばれる脳内物質「セロトニン」。精神安定剤によく似た分子構造をしており、心の安定に役立つともいわれています。
そんなセロトニンの材料となる必須アミノ酸「トリプトファン」は、体内では作れないため、食事から摂取する必要があります。
一方、タンパク質やビタミン、ミネラルが豊富で、ビタミンCと食物繊維以外の栄養成分を含んでいる卵は、「完全栄養食」と呼ばれることもある食材。そして実は、トリプトファンも多く含んでいます。生でも、焼いても、茹でてもよく、手軽に食べられる卵にそんな一面があったなんて……!
でも、身近だからこそ知らないことも多いはず。今回は卵かけごはんの食べ放題を行っている「喜三郎農場」の店長であり、卵のソムリエ検定「タマリエ」の資格を持つ高木大地さんに、卵のおいしさやおもしろさ、食べ比べる楽しさについてお話を伺ってきました!
―喜三郎農場さんは、いろんな卵を食べ比べられる卵かけごはんの食べ放題が名物ですが、どうしてこのサービスを始めたんですか?
高木:以前は山梨県の八ヶ岳でそば屋を営んでいまして、そのころ出会った卵がきっかけになっています。近くに養鶏所がたくさんあったので回っていたら、養鶏所によって卵の味が全然違って。お土産として友達に渡していたら、すごく喜ばれたんです。
当時ちょうど、東京に戻って何かやりたいとも考えていたので、「卵を中心とした飲食店をやってみよう」と思い立ちました。卵かけごはんは多くの人にとって馴染み深い食べ物。いろんなブランド卵を選べて、しかも食べ放題だったら楽しく食事ができておもしろいんじゃないかなと。お店を始めてからは15年近く経ちますね。
―そんなに前から! 最初は何種類ぐらいから始めたんでしょう。
高木:最初は山梨県とお隣の長野県のものを中心に、3種類くらいから始めたんですけど、毎年毎年どんどん種類が増えていって。チラシやホームページには12種類って書いてあるんですけど、今はもうちょっと増えて14種類くらいあります。
例えば黄身が白い卵とか、殻が青い卵とか……。「こんな卵があるんだ!」って知ってもらいたい気持ちもあったし、お客さんが笑顔になるのが好きだったので、いろんな卵を探してきました。
―卵はどうやって選ぶんですか?
高木:最近は知り合いからの口コミで知ることが多いですね。あとは、取材を受けた時に、「こういう卵、知ってますか?」って教えてもらったり。最終的に、自分で食べて味を確かめて、いいと思ったものだけを選んで、増やしていった感じです。とはいえブランド卵は全国各地に無数にあるので、逆にいえば「14種類しか並んでいない」ともいえますね。
―いろんな卵を食べ比べることの醍醐味はどういうところにありますか?
高木:鶏の飼料や育て方、過ごす環境などによって、卵の味や黄身の色、香りなんかも変わってくるので、おもしろいんです。その違いに自分が感動したときのように、お客さんにも感動してもらえたらうれしいですね。
ちなみに最近仕入れた「日本海食べてご卵(らん)」は、のどぐろや甘エビ、ずわいがになどが入った飼料を食べて育った鶏が産んだ卵なんですよ。
―その鶏、私よりいいもの食べているかもしれませんね。羨ましい…… 。そのほかにも、高木さんのおすすめ卵をいくつか教えてください。
高木:どれもおすすめですけど、うーん……やっぱり「ゆずたま」ですかね。
高知県で生産されている卵なんですけど、鶏の飼料にゆずの皮が含まれていて、卵からもゆずの香りがするんですよ。海外からのお客さんのなかにも、「ゆずの香りがする卵があると聞いたんですが、どれですか?」って聞いてこられる方が多いです。
あとは黄身の濃い「ゆうやけ卵」や、卵かけごはん祭りで3年連続グランプリを受賞しているプレミアムな「夢王」もおすすめです。
「夢王」は、鶏の飼料にヨモギ・海草・にんにく、緑茶・パプリカ・唐辛子・桑・梅酢などが混ぜられていて、それによって赤みの強い、濃厚な黄身に仕上がっているんです。うちでは土日だけ、先着で出している限定品です。
あとは逆に、黄身が白い「お米卵」なんかもおもしろいと思います。お米が含まれた飼料を食べて育った鶏が産んだ卵です。
―黄身が、白い……?
高木:混ぜると牛乳みたいに白くなります。コレステロールも普通の卵よりも低いのが特徴です。
―それで親子丼を作ったら、真っ白になったりするんですか?
高木:親子丼にすると、タレの醤油の色が混ざって茶色っぽくなってしまうので、あまりきれいに見えないかもしれません。そういう意味ではちょっと使い所は難しいけど、生で食べるとおいしいし、おもしろい卵ですね。
―おすすめの卵かけごはんの食べ方についてもお聞きしたいです。卵を先に溶いてからごはんにかけるか、それとも割ってそのままごはんにかけるか……?
高木:そうですね。この仕事を始めてからはちょっとこだわるようになってきて、あんまりかき混ぜないようになりました。私は軽く2〜3回くらいちょっと溶いてから、ごはんにかけるようにしています。
あまり混ぜすぎると、卵の鮮度を感じづらくなってしまうような気がして。
―2、3回混ぜるくらいのほうがおいしいんですか?
高木:おいしいと思いますね。親子丼を作るときも、同じような感じで2〜3回軽く混ぜています。混ざりすぎないので、黄身と白身の味わいや食感を両方楽しめるんです。一口ごとに味が変化していくのを楽しんでもらえたら。
―いろいろお伺いしてみて、改めて卵の魅力は底知れないと感じます。
高木:でも、最初はお客さんが全然いらっしゃらなくて。自分が思い描いていたような状況になったのは、本当にここ5年ぐらいのことです。
―それでもずっと続ける……というのがすごいですね。
高木:近隣の方に支えてもらったといいますか、本当によくしていただきましたね。あとは卵の可能性を信じていました。いつか、お客さん達にも「こんな卵があるんだ!」って喜んでもらえるんじゃないかなぁと。
卵って小さい子どもからお年寄りまで、幅広い世代の人たちにとって身近な食材で、苦手と感じている人が少ない。栄養価も優れていますし、多方面に魅力がありますよね。
半年くらい前からは海外の方にもたくさん来てもらっていて。お客さんの3割ぐらいは海外の方ですね。
―海外だと、生卵を食べられないとも聞きますが……。
高木:日本は生で食べる前提で、賞味期限を決めているんですが、海外では火を通す前提なんですよね。賞味期限も国によっては2〜3か月あったりして。
―そうなんですか!?
高木:だから海外の方からしたら、日本に来ないと食べられない珍味のようなものなのかもしれませんね。もちろん合わないという方もいますが、「初めて食べたけど、こんなにおいしいものだとは思わなかった」って言っていただくこともあります。そういう瞬間はうれしいですね。
―身体的、精神的にはもちろん、社会的にも満たされている状態を「ウェルビーイング」といいます。高木さんがウェルビーイングを感じるのはどんなときですか?
高木:やっぱり、お客さんが笑顔になってくれたときは幸せを感じますね。お客さんを見ていると、みなさん卵を割る瞬間に笑顔になるんです。割る瞬間のわくわく感や楽しさが幸せを演出している部分もあるんじゃないかと思いますね。
―割って、中身が出てきた瞬間にちょっとテンション上がるというか。
高木:そうそう。カプセルトイじゃないですけど、「何が出るのかな〜」みたいな感じで。楽しそうにしているカップルのお客さんとかもいらっしゃいます。
自分も、1日に100〜200個ぐらいは卵を割ってると思うんですけど、きれいに割れたらやっぱりうれしいですね。殻が入っちゃうと悔しかったり(笑)。
そう考えると、卵かけごはんって、食べる前に、「割る」「混ぜる」っていう楽しさがあるので、お客さんの笑顔をちょっと多めに見ることができる食べ物かもしれないですね。
―おお、そう考えるとすごくいいですね。ちなみに、卵には「幸せホルモン」セロトニンを増やすための栄養素、トリプトファンも含まれているそうです。
高木:そうなんですね。確かに卵から幸せを感じることは多いかもしれません。でも、それが栄養素によるものなのか、それ以外の要素によるものなのかは、自分では判断がつかないですね(笑)。
ただいずれにせよ、要因が何だったとしても、卵によってもたらされる幸せの形はたくさんあるように思います。
取材のあと、実際に卵かけごはんをいただいてきました。次に出てくるのはどんな卵なのか……? そんな気持ちで次々に割っていくと、心なしか気持ちもウキウキしてくるような気がします。
味が濃く、黄身がオレンジ色の「夢王」、殻がきれいな水色をした「アローカナ卵」、コクがあり、白身に弾力を感じる「みかんたまご」、濃厚で黄身が赤い「ゆうやけ卵」……。
個性あふれる卵たちをたくさん食べて、幸せいっぱい、お腹もいっぱい。「お客さんが笑顔になったときに幸せを感じる」と語ってくれた高木さんから、卵を通じた笑顔の連鎖がもたらされたような気もします。割る楽しさや出てくる楽しさ、食べ比べる楽しさも相まって、幸せな気分に浸れました。
みなさんもぜひ、いろんな卵を食べ比べてみてはいかがでしょうか。
(執筆:少年B/撮影・編集:高橋亜矢子(ノオト))