2024.02.29

何もしなくても存在だけで価値がある 「レンタルなんもしない人」の幸福論

“『レンタルなんもしない人』というサービスを始めます。1人で入りにくい店、ゲームの人数あわせ、花見の場所とりなど、ただ1人分の人間の存在が必要なシーンでご利用ください。ごく簡単な受け答え以外なんもできかねます。“

2018年に、“なんもしない”自分を貸し出す「レンタルなんもしない人」を始めた森本祥司さん。ユニークなサービスに依頼が相次ぎ、漫画化やテレビドラマ化されるなど大きな話題となりました。2023年には著書が英訳され、海外メディアから取材を受けることも増えたといいます。

レンタルを依頼する人々は、「なんもしない人」に何を求めているのでしょうか。そして、森本さんはどのようにして「なんもしない」に行き着いたのでしょうか。森本さんに話を聞くと、その背景には私たちを縛る「こうあるべき」を取り払うヒントがありました。

森本祥司さん

大学院卒業後、出版社勤務を経てフリーランスのライターに。2018年に「レンタルなんもしない人」という、1人分の人間の存在を貸し出すサービスをはじめ話題となる。現在も新規依頼を受付中。著書に『〈レンタルなんもしない人〉というサービスをはじめます』(河出書房)、『レンタルなんもしない人のなんもしなかった話』(晶文社)ほか。

「なんもしない人」をレンタルするのに必然性がある

――森本さんが2018年に「レンタルなんもしない人」を始めてから、5年半ほどが経ちました。現在は、どれくらいのペースで依頼が来ているのでしょうか。

1日2、3件ぐらいですね。今は「料金は自由」としていることもあり、コンスタントに依頼が続いています。

――依頼の内容には、どのようなものが多いのでしょうか。

「1人では行きづらいところに同行してほしい」という依頼です。おしゃれなカフェに入りたいとか、井の頭公園のボートに乗りたいとか。

「痔の出術に同行してほしい」という依頼もありましたね。1人では心細いから誰かにいてほしいけど、友人には頼みづらいと。病院としても付き添いがいたほうがいいので、ちょうどよかったみたいです。

あとは「話を聞いてほしい」という依頼も多いですね。身近な人には言えないけど、誰かに話したい。そういう話を黙って聞いたり、「へー」と相槌を打ったりしています。

以前、「同性の恋人との“のろけ話”を聞いてほしい」という依頼がありました。同棲している彼女がかわいすぎるから、誰かに話したい。でも、同性愛のことは基本的にカミングアウトしていないし、している人からでも悪気なく理解のない発言をされてしまうことがあって、やっぱり話しづらい。「なんもしない人」なら、そういう心配がないと言われました。

――なるほど。「なんもしない」に必然性があるわけですね。

その人は、無限にのろけが湧いてくるみたいで、話を聞いたあともDMでエピソードが送られてくるようになりました。もう5年近く続いています。「なんもしない」を求められているので、こちらは何も返しません。

――徹底していますね。これまでの依頼で、特に周りから反響があったものはありますか?

よく言われるのは、「DMで『ハッピー』と送ったら『ターン』と返してほしい」という依頼ですね。そのやり取りだけしたいと言われて(笑)。数年前の依頼ですが、今でもたまに送られてきますよ。別の人ですけど、「は・か・た・の?」と送られたら「しお!」と返すのもあります。

――今ならAIでも返せそうな内容ですね(笑)。

できるでしょうね。でも、依頼者に言わせると、そうじゃないみたいで。「はかたのしお」の人は主婦で、日中は幼いお子さんと2人きりだから、誰かとちょっとしたコールアンドレスポンスが欲しい、ということでした。AIではなく、「人に反応してほしい」というのがあるんでしょうね。

「1人だと、1人になれない」

――1度依頼した方から、繰り返し依頼されるケースもありますか?

リピーターも結構います。多い人だと380回くらい依頼されていて……。

――380回ですか……!

依頼内容はさまざまですが、多いのは高級レストランへの同行ですね。1人でも行けるけど、せっかくおいしい料理を食べるのに、無言なのももったいない。でも、高級店だから友人を誘うのも気をつかうし、かといって、行き慣れている人と食事をするのも試されてるようで緊張する。なので、行きたいお店の数だけ、僕の需要が発生するみたいです。

――同行を依頼される方は、「誰かと感想をシェアしたい」という思いがあるのでしょうか。

いや、まったく会話がない場合も多いですよ。行きたい店があるけど、カップルがたくさんいて、1人だと注目されている気がして落ち着かないから同行してほしい、という依頼とか。

この場合、客観的に見て2人組になっていればいいので、席についてからは特に会話もなく、依頼者も1人の時間を過ごしています。

以前、依頼者から「1人だと、1人になれない」と言われたことがあるんです。閉鎖病棟に入院中の人から付き添いを依頼されて、一緒に病棟内を散策したり、その人が1人でたそがれている間、少し離れたところで待っていたりしたんですね。

病室に1人でいると、周囲から心配の目で見られて落ち着かなかったそうで、「誰かがいることで、1人の時間が作れてよかった」と言われましたね。同じように「1人だと、1人になれない」という依頼者は、結構多いように思います。

人生を「歩合」ではなく「基本給」で考える

――そうしたとき、一緒にいる人はつい「何か自分にできることはないか」と考えてしまうように思います。森本さんが「なんもしない」の境地にたどり着けたのは、なぜなのでしょうか?

そうですね……。勤めていた会社を辞めてフリーランスになったころ、大喜利にハマっていた時期があるんです。大会に出て爪痕を残そうとして、「なんもしない」とは真逆のことをしていたんですが、「面白い答えを出してウケる」ということに、ちょっとモヤモヤした思いもあったんですね。

僕は「自分は絶対に面白い人間だ」と思っているところがあって……。でも、大喜利では面白い答えを出して、やっと「面白い」と言われるわけですよ。僕はその瞬間だけ面白いわけじゃなくて、普段も面白いのに!と(笑)。

これは仕事も同じで、会社では仕事で成果を出して初めて褒められるじゃないですか。その人自身は普段から立派に生きてるのに、何かをしないと褒められない。それはなんか嫌だなと思って。

――存在そのものが、評価の対象になっていないと。

「完全歩合制」みたいな世界観だなと思うんです。やればやるだけ褒められるけど、やらないとなにも得られない。何かをやったときの評価でしか自分を見てもらえない。でも、存在しているだけで、面白さやありがたみは確かにあるはずなんです。いわば「基本給」として。

なので、あえて「なんもしない」という活動を始めました。何もしなければ、行為に対してではなく、存在自体が評価の対象になるし、何か見えてくるものがあるかもしれない。その思いから、今に至っています。

「報酬=お金」だけではないから続けられる

――「歩合」と「基本給」の例えは、とてもわかりやすいです。「仕事ができない自分はダメだ」と思ってしまう人は、歩合のところだけ見ているわけですね。

そうですね。自分が得らえる「基本給」が絶対あるはずなのに。「歩合」にしか自分の価値がないと感じてしまっていると思います。

――この「なんもしない」の価値観に至るまでに、影響を受けた人物や書籍などはありますか?

「基本給」の考え方は、心理カウンセラーの心屋仁之助さんが提唱されていた「存在給」の話に触れたのが大きいですね。「存在しているだけで給料はもらえる」「何もしない人にだって価値はある」という主旨のことを書かれていて、なるほどそういう考え方もあるのか、と。

あとは、哲学の本を読み漁っていた時期に、ニーチェの「超人」思想について知りました。すごくざっくり言うと、「超人」とはありのままの自分で生きる人で、「超人」になるには、ラクダ、ライオン、赤ちゃんの三段階があるという話です。

ラクダは道徳や教義の「こうあるべき」が重荷になってしまって、身動きが取れない人のこと。ライオンはそれに反発して吠え、既存の価値観に異を唱える人。最後の赤ちゃんは、周りのことなんて関係なく、自分の意思や価値観を肯定する人。これを知って、「自分も『こうあるべき』を背負いすぎてるな」と思えたんですよね。

――確かに、「レンタルなんもしない人」は、これまでの「こうあるべき」をいろいろ取り払っているように思います。

僕の真似をしようとする人も結構いるんです。そのうちの1人に、やってみた感想を聞いたら、「人の話を3時間聞いて1000円しかもらえなかったから辞めた」と言われたことがあって。

それって「労働の報酬はお金であるべき」という価値観なんですよね。僕が話を3時間聞いて1000円もらったとしたら、1000円だけでなく、3時間分の話も報酬に含まれます。

お金ももらえるし、自分の知見や経験も増えるし、「こういう依頼が来て」というネタにもなる。だから、お金以外にも報酬をたくさんもらっているんですよ。

――「なんもしない」の価値をどう捉えるかは、依頼する側もそれぞれ違いがありますよね。

面白いですよね。昨年夏、料金を実験的に「3万円」に値上げした時期があったんですが、それでも依頼がありました。

「それぐらい払う前提なら、長時間拘束するような依頼もしやすくなった」という人が増えて、秋田まで日帰り旅行に同行したこともあれば、遊園地で丸一日絶叫マシーンに付き合ったこともありました。「こんな需要があるのか」と、いつも驚かされています。

よく「将来の不安はないんですか?」と聞かれるんですが、お金以外のものをたくさん得た感覚があるので、あまり不安に感じることはないですね。「レンタルなんもしない人」を初めて5年半、ずっと楽しいまま過ごしています。

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インタビューを終えて、心がとても軽くなったような感覚がありました。

「人は存在するだけで価値がある」という言葉は、ともすれば、きれいごとに思われるでしょう。しかし森本さんは、それを「レンタルなんもしない人」という形で具現化し、実際にその価値があることを証明してきました。

なんもしなくても、そこにいていい。普段見過ごしがちな「基本給」に目を向けることは、存在そのものを肯定し、自分自身を大切にすることにつながるのかもしれません。

(執筆:井上マサキ/撮影:小野奈那子/編集:ノオト)

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