心の内面を文字にして書き出すことは心身の健康を向上させる。
日本では飛鳥時代から続く、メンタルヘルス・マネジメントが写経。
書道は、アート表現に使う右脳と言語を司る左脳を同時に活性化。
メンタルヘルスやマインドフルネスの手法のひとつとして注目を集め、「書く瞑想」とも呼ばれている「ジャーナリング」。大きな括りとしては日記の枠に位置付けられますが、20世紀後半のある研究結果がきっかけで、ジャーナリングという分野が生まれたのだとか。
その研究は、大学生を2つのグループに分け、一方には「人生で最もトラウマになった出来事、動揺した出来事」を、もう一方には「自分の感情には関係のない事柄」を4日連続で15分間書かせるというものでした。その結果、感情的に大きな影響を受けた出来事を書いたグループのほうが、心身の健康が大幅に向上したそうです。また、書き出す内容は必ずしもネガティブな出来事である必要はなく、ポジティブな出来事でも心身の健康が向上することが後の研究で分かっています。
ここまで聞くと、ポイントは心の内面を書き出して整理することで、手法はパソコンやスマートフォンでも同じと思われるかもしれません。実際にジャーナリングアプリでも効果がないことはありませんが、脳の大脳基底核という部分は運動神経によって刺激されやすく、手書きだと直感や感情などが出てきやすいという理由などから、「文字を書く」というステップも重要なポイントだと言えそうです。
ジャーナリングを行う際には、10分前後の苦にならない、短い時間を設け、できるだけ余計なことは考えずに手を動かすこと。そして、朝起きてから、あるいは夜寝る前など、自分なりのタイミングを決めて習慣化するようにすると、より効果も高まると考えられています。
「写経」とはその名の通り、お経を書き写すこと。起源は仏教発祥の地であるインド、日本では、673年頃(飛鳥時代)から始まったとされています。目的は僧の修行、そして日本中に仏教の教えを広めることでした。当然のことながら当時は印刷技術がなかったため、すべて手で書き写していたのです。こうして日本で仏教文化が花開いていくわけですが、鎌倉時代になると印刷技術が発達し、仏教の伝達方法としての写経が衰退し始めます。その一方で、修行・功徳の意味合いが強まっていき、この頃から写経が個人の精神性と結びついていくようになりました。
自分を取り戻す時間として、広く一般に行われている現在の写経では、「般若心経」という300文字程度の短いお経を書き写すことが多いそう。極めて大雑把に言うと、「苦しみや迷いは実は存在しない。恐れることなく悟りの境地に向かおう」という思想が表れているものです。また、宗教儀式という由来から作法も重要です。身体を清めてから清潔な服装に着替え、部屋にお香を焚いてから始めるなどして、より集中して取り組めるような環境を作り出しましょう。
信仰心の有無にかかわらずに取り組める写経ですが、こうした作法やお経自体に込められた教えを少しでも理解しておくことで、「文字を書く」ということ以上に、充実した時間になるはずです。
「書道」の起源を遡ると、写経との繋がりが見えてきます。漢字の文化を持つ中国で発達した書道が仏教とほぼ同時に中国から日本に伝わり、写経をするための文字を書く表現方法として広まっていきました。
ただ、厳密に言うと書道は美しい文字を書くための「習字」としての側面が強いもの。ここで取り上げるのは平安時代中期、平仮名の誕生とともに日本独特の芸術として確立されていった、自己表現・アートとしての「書道」です。現代では表現活動をすることで、自分の内面への気付きを深める「アートセラピー」という手法があり、その中のひとつのアプローチとしても捉えられているのだとか。これは書道の世界で言われる、「字」に書いた「人」が表れる、「字」を変えれば自分もそこに近づける、といった考え方にもとづいています。
さらに、多様な表現活動の中でも、言語を用いる芸術である書道は、右脳と併せて左脳も同時に使うため、より一層脳が活性化するのではないか、とも期待されています。
「文字を書く」という行為がもたらす良い影響は、集中して手を動かすという作業によるリフレッシュ効果と、書いたものから読み取れる自分の心への理解。ストレスフルな現代では、心を無にしてリラックスできる時間も取れて、自分自身と向き合うことができる一石二鳥のツールなのではないでしょうか。