ストレスホルモン「コルチゾール」が創作活動によって減少した事例がある。
日本では日本認知症予防学会の認定を受け、介護、心療内科でのクリエイティブ・アーツ・セラピー導入も進む。
社会的役割から離れた自分を表現することで、癒しや開放感が得られる効果も。
まずは米国における効果の検証結果の報告から。約5000人の芸術療法専門家からなる協会「American Art Therapy Association」は2016年に、創作活動を行うことから受ける心身の影響についての実験結果の報告をしました。39名の健康な成人を対象に、ペインティングや粘土など創作活動を45分間してもらい、前後のコルチゾール値の変動を調査。コルチゾールはストレスホルモンとも呼ばれ、ストレスなどの影響で慢性的に値が高くなると、うつ病や生活習慣病につながる恐れがあるホルモンです。調査の結果は75%が創作後のコルチゾール値が創作前に比べて減少したというものでした。
エビデンスを提示することが難しいとされるクリエイティブ・アーツ・セラピーの分野ですが、このように、医学的効果を示すデータも存在し、2018年には日本でもアートセラピーが臨床美術療法として日本認知症予防学会からエビデンスの認定を受けています。
全国で高齢者介護施設「そよ風」を運営する株式会社SOYOKAZE[高広1] [田中2] [田中3] [高広4] は、アートを用いた新しい介護サービスの実証として「アートあ」というプロジェクトを進めています。
プロジェクトでは同社の入居系10施設を「FINE ART」「MUSIC」「AROMATHERAPY」「FLOWER」という4つのアートで彩り、アート対話型鑑賞、アートワークショップ、アートセラピーといったイベントを定期的に開催。特にアートセラピーでは、オイルパステル画やガラス絵などを五感を使って制作することで、脳を活性化させ、介護予防や認知症の予防、症状を改善することを目指しています。臨床美術士と共に進めていくため、単にモノづくりをするのではなく、セラピーとしての創作を実践することが叶えられています。
ストレスケア東京上野駅前クリニック[高広1] は、カウンセリングや薬物療法だけでなく、「自分にしかできないものを創る」というテーマのデイケアも治療の一環として行なっている心療内科。そのメニューに取り入れているのがアートセラピーですが、注目すべきはデジタルアートがカリキュラムに組み込まれている点です。
同クリニックではイラスト・漫画制作アプリをインストールしたペインティング用のタブレットを用意していて、これを使って自由に創作活動をしてもらうというものですが、デイケアには10〜30代の患者がメインで訪れているということもあり、スムーズに受け入れられたとか。アートセラピーでは、創作物を他者に評価してもらうということも重要なプロセスで、その点、デジタルアートは他者の目に触れる場に発信がしやすいという強みがあるそうです。
クリエイティブ・アーツ・セラピーは諸芸術療法の総称で、アートセラピーのほかにも主なものにドラマセラピー、ミュージックセラピー、表現アーツセラピーがあります。愛知県岡崎市を拠点に活動するプレイフルネス UNO[高広1] は、ドラマセラピーを福祉現場で子どもを対象に実践しています。
ドラマセラピーとは、演劇のプロセスを利用した芸術療法です。グループを作って、「役」という演劇独特の要素で表現しながらそれぞれがドラマに加わっていく。日常の社会的役割から離れた自由な自分を表現することで、自分本来への気づきや開放感が得られます。グループは目的や悩みが同じであることが望ましく、メンバーを固定して複数回行うことでメンバーに安心感を与え、より効果を高めることができるとされています。
クリエイティブ・アーツ・セラピーは諸芸術療法の総称であるという観点から、アートそのものも既存の手法には限定されません。たとえば「3色パステルアート」は、心理カウンセラー・アートセラピストの浜端望美氏が考案したアートセラピーだそう。赤・青・黄色3色のパステルだけを使用すること、空・海・山・花などの絵の描き方を明確にレシピ化することで、「誰でも平等に楽しめるアート」を実現しています。福祉施設、教育機関、地域交流センターなどで教室を開き、これまで6000人以上を指導してきた実績を持ちます。
また、「3色パステルアート」の脳波に与える影響も独自に検証していて、2016年11月〜2017年5月の間に「3色パステルアート」を実施した人の脳波を観測した結果、7割以上の人がストレス状態であるときに出るβ波が減少し、9割以上の人がリラックスし記憶力を高めるとされるθ波が増加したという結果が得られたそうです。
クリエイティブ・アーツ・セラピーが医療や福祉の現場で導入されている例は、現時点において、まだそこまで多いとは言えません。一方で、その効果やエビデンスが少しずつ認められてもきています。そして医療や福祉にとどまらず、健康な人がより健やかに生きる営みとして当たり前のようにクリエイティブ・アーツ・セラピーに触れる日もそう遠くはないのではないでしょうか。