30年前、「メタバース」という語が初めて使われたポストサイバーパンク小説
アマゾン、グーグル、オキュラス、ペイパル、リンクトインといったサービスの創業者らが本書から影響を受けている
小説の舞台となるのは、90年代の視点で描かれる近未来のアメリカで、経済力は世界で最低となり、あらゆるテクノロジーが世界に流出し、天然資源の強みも失っています。アメリカ人が誇れるものは、音楽、映画、ソフトウェア、高速ピザ配達の4つだけ。配達人が特権階級になるほど一大産業化したピザ会社はマフィアが牛耳っています。
連邦政府は解体し、フランチャイズ化された国家か郊外都市国家が乱立する荒廃した社会の中で、主人公・ヒロは、フリーランス・ハッカーとして情報売買で生計を立てています。
彼がメタバースに入るときは、「顔の半分が隠れる、ピカピカ光るゴーグル」を被ります。すると、目の前に「ストリート」と呼ばれる三次元映像の大通りが現れ、人々のアバターが往来している様子が描写されます。アバターはコンピュータの能力によってどんな容姿にも変身できるのですが、お金、あるいはアバターを自ら描く能力がなければ、既成品しか選べません。地球の円周よりも遥かに長い「ストリート」は小枝に分かれ、各地で建物や公園、家の開発が進められ、不動産が売買されます。アミューズメントパークもありゲームを楽しむこともできて、ロックスターや俳優、ハッカーなど全世界で2000人しか入ることが許されていないクローズドな社交空間もある——仮想世界でありながら、現実の世界と重なる資本主義的な一面を持つのです。
2021年にダイヤモンド社から出版された『SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル』によると、アマゾン創業者のジェフ・ベゾス、グーグル創業者のラリー・ペイジとセルゲイ・ブリン、オキュラス創業者のパルマー・ラッキー、ペイパル創業者のピーター・ティール、リンクトイン創業者のリード・ホフマンらが本書から影響を受けて、サービスを作り上げているといいます。
小説で描かれるメタバースのシーンに大きな違和感がなく読めるのは、読者だった彼らが社会に実装しようとしている証左なのでしょう。
この小説の世界では、今注目を集めているテクノロジーが描かれています。たとば、メタバース、アバター、VR、AR技術、AI、サイバーセキュリティなど。しかもそれが、単なる技術ではなく、魅力的かつ、ありうる未来として描かれているのです。だからこそ、多くの起業家に影響を与えたのでしょう。
SF小説のように魅力的な未来を想像し、そこからイノベーションを生み出そうとする考え方。それは、今のような“変化の大きな時代”に、有効な方法の一つと言えるのではないでしょうか。
今日あるデジタルテクノロジーの世界観の源流を辿るとき、そして、メタバースのソーシャルグッドな(社会に良いインパクトを与える)可能性を考えるときにも、必携の1冊です。