品田 みうらさん、さっき「推し」って言葉にも「仕事」の匂いがするっておっしゃってたじゃないですか。でも僕らからすると、みうらさんはむしろ「推し活の神」みたいなイメージなんですよね。
みうら いや、僕は今まで一度も何かを推したつもりはないですよ。こんなすごい人がいる。こんなおかしなものがあるって気づいただけです。だから軽い気持ちで「推す」と言ってしまうのが、よくわかんなくて。物事、そんなにすぐ好きになったり出来ないじゃないですか。何かを本当に好きになるって、たぶん無防備な高校までで終わってるんじゃないでしょうか。
品田 「高校までにグッときたものが、上京以降に枝分かれしているにすぎない」ともおっしゃってましたね。
みうら あの頃は多感で何色にも染まるような時期だから。それが元になって後に独自のマイ価値観・マイ常識を身につけるわけで。
品田 とはいえ、年配世代には「今からでも何か熱中するものを見つけたい」という切実な願いがあります。あるいは、現時点で好きなもの、熱中できるものがない人は手遅れですか?
みうら もはや好きになるものってこっちから探しに行かないと見つからないんじゃないでしょうか。「ひょっとしたら好きになるかもしれないから、お邪魔してよろしいでしょうか?」くらいの気持ちで相手の懐に入っていくというか。あっちから好きになってくださいなんて言ってくるなんて、調子のいいことはもうないと思いますよ。
品田 なるほど、こちらから飛び込むと。
みうら もう、それしかないと(笑)。僕の場合、「マイブーム」が新語・流行語大賞に選ばれた1997年。それからずっとインタビューで「今のマイブームは?」って聞かれ続けてきたんですけど、テキトーに答えるとね「他の雑誌にも書かれてるので、最新のやつを」とか言われちゃう(笑)。しょうがないから、今、ちょっと気になってる程度のことを言うんです。で、そこからそれを必死で好きになろうという修業が始まるわけで(笑)。
品田 それは今も続いてるんですか。
みうら ずっとですね。実はとっくに飽きてしまってるものもね、ずっと好きでいるフリをする。だって相手をガッカリさせたくないじゃないですか。
品田 なるほど、とりあえず「好き」って言ってみることから始めてもいいわけだ。
みうら やっぱり、「好き」ってそんな簡単には手に入らないんですよ。「ちょっと気になる」くらいのときに、まずはお金を使ってね、飛び込まないと。タダでは自分をなかなか騙せませんから(笑)。歳とってからカルチャースクールに通う人がいるじゃないですか。あれね、受講料を払ってる分、元を取りたいと思うからでしょ。
品田 それ、よくわかります。
みうら 俺、もらっても嬉しくない土産物のことを「いやげ物」って呼んでるんですが、地方に行って見つけたら、義務としてちゃんと買わなきゃいけないんですよ。これが、マイルールですから。それなりの値段するいやげ物もあるわけですよ。心底欲しくない場合もあってね。心がざわつくんですが、そんなときに僕の頭上45度くらいの角度からボブ・ディランさんが言ってくるんですよ。「How does it feel?」(*)って。
品田 「買わないお前はどんな気がする?」(笑)
みうら そんなこと問われちゃわかりましたよって。即レジに直行しますよ(笑)。でもそんな自分洗脳はいつしか「好きだから買ったんだ」ってことになるわけで。
(*)ボブ・ディラン『ライク・ア・ローリング・ストーン』の歌詞
品田 ただ、男たちが組織の中で培ってきたヒエラルキーやらプライドやらが、新しいことに取り組むのを阻んだりするじゃないですか。
みうら プライドこそが不安のもとですからね。
品田 不安、そう、まさに不安なんですよ。年配世代のサラリーマンが、果たして今後の人生を幸せに、自分の好きなことをして暮らしていけるのか。みんな不安に思ってます。
みうら 生きている以上、不安はなくなることはありませんから、むしろそれを楽しんでいくのはどうかと「不安タスティック」と名付けました。きっと、不安であることが漠然と不安なんですよ。プライドが邪魔してその根源が何であるのか追求したくなる。そんな時こそ「不安タスティック」と、声に出して笑っていこうと。
品田 今は趣味も体裁の一部になってるじゃないですか。いい大人はいい趣味を持ってなきゃいけない、ウィスキーに詳しくなきゃいけない、日本酒について語れないといけない、とか。
みうら その中には決して「ゴムヘビ」集めは入ってませんからね(笑)。だからやっぱり、マイ価値観を持つことが大事だと思います。「世間的に見てどう」じゃなくて。「これが好きなんだ」と無理やり決めちゃえばいいのではと。
品田 ただそれでも、「好きなものがなくて困っている」という人も多くてですね……。
みうら きっと、それは「好き」を軽く考えすぎなんですよ。たぶん本当に好きなものが見つからないまま死ぬ人がほとんどなんじゃないですかね。だから、ない人はなくていいんです。そんなことを不安に思う必要はない。何度も言いますけど、好きなものって探そうとして見つかるものじゃないですから。
品田 井上陽水さんの『夢の中へ』で、「探しものは何ですか」ってあるじゃないですか。
みうら 「見つけにくいものですか?」って聞いてきますよね(笑)。むしろ、あの歌のキモは「それより僕と踊りませんか?」だと思うんです。探しものって、全く視点を変えたところにある。逆に言うと見方を変えないと探しものは見つからないって。
品田 それが、答えに窮して適当に言った「ゴムヘビ」だったりする。
みうら つーか、ゴムヘビも(笑)。そこで大事なのが、相手をガッカリさせたくないというサービス精神だと思うんですよね。よく歳を取ると他人のことをあまり考えなくていいとか、気ままに生きればとか言う人がいるでしょ? でも僕はそれ逆なんじゃないかと。歳を取れば取るほど、人に気を遣わないといけないんじゃないですか。
品田 じいさんの笑顔ってすごく大切ですよね。やるべきは笑顔の練習。
みうら やっぱ、キープオン笑顔と、出来るだけ意見を言わないように自分をしつけることじゃないですか。作って貰ったごはんを「おいしいね」ってね、たとえまずくても、それくらいは言わなきゃダメでしょ。そういうことをないがしろにして、「好きなことが見つからない」とか言ってるのは虫が良過ぎますよ。歳取ってからはとくに相手ありきですよ。
品田 むしろウェルビーイング本来の話になってきましたね。人生後半、どうやって持続可能な幸せを得られるかという。
みうら 「好きな人の意見には従う」それでいいんじゃないですかねぇ。そうそう、僕もともと意見なんてないんですよ。「好き」だけがある。
品田 意見はない、「好き」があるだけ。なるほど。
みうら あと「依頼がないことをする」のはグッときますよ。僕、大学生の時から続けてるエロスクラップってのがあるんですけどね、昨日の段階で759巻まで行きました。聞いてないですよね、そんなこと(笑)
品田 (笑)。
みうら あと、今すごく大きな絵を描いてるんですけど、それもべつに誰からも依頼されてないものです。
品田 今の時流である、人に見せるためにやるSNSの真逆ですね。
みうら そりゃ、最終的にはお見せしたいんだけどね、溜めとくってこともね、楽しみですから。基本、依頼がないってことをするって、経済的にはマイナスでしょ。大きい絵を描くためにはキャンバスも絵の具も買わなきゃいけないし、時間も使うわけです。
品田 さっきの、「好きはカネがかかる」だ。
みうら 無駄金と思うと余計にグッとくるじゃないですか。でも、それを初めから仕事とおもうとねー。
品田 費用対効果みたいなものを考えてしまったりね。
みうら そうなりますよね、つい。やはりカーっとくる衝動をキープさせるには仕事と思ってはいけない。それがグレイト余生じゃないですか。でも、いつかみんながそれに気づいて、みんなが依頼のないことばっかりしだすと、この国はむちゃくちゃになってしまうかも知れませんよね(笑)
品田 キープって大事ですね。みうらさんの趣味ってどれも長年にわたって「好き」がキープされてる。
みうら むしろロケンロールより、それをどれだけキープオンできるか、そこですよね。肝心なのは。そのためには、好きなふりを続けるしかないんです。
品田 ゴムヘビもそうですよね。
みうら 品田さんも、どうやらゴムヘビがお好きになられたようですね(笑)。騙し騙しやり続けてると、「大好き」がやってくることもありますからね。好きなふりの次は飽きてないふりです。
品田 いつかまた自分の中で、グッとくる瞬間が訪れると。
みうら 要するに「好き」をキープオンし続ける方法は、「もう飽きちゃった」「もうやめた」とか言い切らないことです。言い切った段階で夢は醒めますから。ワイン工場の樽みたいに寝かしてあるくらいに思ってればいいんじゃないでしょうか。
対談の冒頭、みうらさんは開口一番、「ウェルビーイング」という言葉が「来ている」ことについて懐疑的でした。時流やトレンドに乗らない人生を歩んできた、みうらさんらしいですね。
でも、マイブームという言葉が(みうらさんの思惑とは裏腹に)流行語になった後も、その本質には価値があり続けたように、ウェルビーイングという言葉がいかに流行ろうとも、その本質である「持続可能な幸福」の大切さは変わりません。なにより、みうらさん自身が持続可能な幸福の実践者であることは、この対談から十分に伝わってきたのではないでしょうか。
時代性がないものがグッとくると知る
グッとくるものは多数決で決まらないと知る
いつも心に「無駄・イズ・ベスト」
好きなものは、こちらから探しに行く
ちょっとでも気になったら、とりあえず「好き」と口に出す
「好き」にはカネと時間をたっぷりかけ、その後の「修行」を怠らない
飽きてもやめてはいけない。「ロケンロール」より「キープオン」精神で
「この世で一番いらないのがプライド」と胸に刻む
歳を取れば取るほど、他人に気を遣うべし
歳を取ったら笑顔を浮かべ、他人に意見してはいけない
みなさんのこれからの推し活ライフが、より充実したものとなりますように。
みうらじゅん 1958年京都市生まれ。武蔵野美術 大学在学中に漫画家デビュー。以 来、イラストレーター、エッセイ スト、ミュージシャンなどとして幅広く活動。 1997年、造語「マイ ブーム」が新語・流行語大賞受賞語に。「ゆるキャラ」の命名者でもある。2005年、日本映画批評家大賞功労賞受賞。2018年、仏教伝 道文化賞沼田奨励賞受賞。著書に 『アイデン&ティティ』、『マイ 仏教』、『見仏記』シリーズ(いとうせいこうとの共著)、『「ない仕事」の作り方』(2021年本屋大賞「超発掘本!」に選出)、『永いおあずけ』『マイ修行映画』『ハリネズミのジレンマ』など。音楽、映像作品も多数ある。
品田 英雄 放送局を経て日経BP入社。エンタテインメント分野の記者を経験した後、1997年雑誌「日経エンタテインメント!」の創刊編集長に就任。発行人等を経て、総合研究所研究員に。流行、消費行動を担当する。書著に「ヒットを読む」(日経文庫)、日経MJで「ヒットの現象学」を連載中。テレビ・ラジオはコメンテイターも務める。
稲田豊史 ライタ・コラムニスト・編集者 │ 著書『映画を早送りで観る人たち』『オトメゴコロスタディーズ』『「こち亀」社会論』『ぼくたちの離婚』『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』『セーラームーン世代の社会論』