2023.06.26

他者との関係やつながりから生まれる人生の悩みを解決する糸口を考える

「社会脳」でウェルビーイング

要約すると

  • AIを理解する前に、人間自身の脳の意外な一面を知ることができる1冊。

  • その時々の社会的文脈にあわせて行動を切り替える脳の働きが社会脳。

  • 集団生活を営む中で生まれる社会的な悩みを解決するために、社会脳は発達した。

未知の領域が多く残されている、人間の脳の機能を探る

「人間の脳機能を人間の脳とは異なる仕組みで実現する技術」とも言えるAI(人工知能)。しかし、そもそも人間の脳の機能には、依然として未知の領域が多く残されています。従来の脳科学が光を当ててこなかった分野、「社会脳」研究に取り組む理化学研究所(2013年刊行当時)の藤井直敬氏は著書『拡張する脳』で、「脳が現実を作る」ことを伝えています。

その検証の1つが、パノラマカメラとヘッドマウントディスプレイを使って視覚と聴覚を操作することで、人に「もう一つの世界」を「現実」だと信じこませる仕組み「SR(Substitutional Reality)システム」の実験結果です。この実験に参加した被験者たちは、SRシステムで映し出される「代替現実」の動画を「現実」だと思い込み、「目の前にないものをあるものと思ったり、目の前にいない人と会話をはじめたりする」といいます。そして、SRシステムの研究開発を進めるうちに、藤井氏は社会脳を明らかにする道が開けてきたそうです。

国民的アニメキャラクターに代表される「社会脳」

ちなみに社会脳の定義は、「瞬間的に変化する社会的ルールに対応して、適切に行動を切り替える脳の働き」とされ、その具体例として、アニメ『サザエさん』の登場人物の一人、フグ田マスオさんが挙げられています。

磯野家、フグ田家のみんなでちゃぶ台を囲む時のマスオさん、波平さんといる時のマスオさん、サザエさんと夫婦2人きりの時のマスオさん、会社の同僚と飲酒している時のマスオさんは、それぞれの場面によってキャラクターが違います。つまり、「マスオさんの脳は、その時々の社会的文脈にあわせて、いまこの場でできることとできないことを瞬時に判断している」というわけです。そこから藤井氏は、集団生活を営む中で生まれる様々な社会的な悩みを解決するために、社会脳は発達したと仮説立てます。

社会脳が見つけた、意外な発見

社会脳はまた、脳の最大の特徴とされるネットワーク構造が持つ階層性の視点に基づいています。

その階層は、ミクロなレイヤーから徐々に視点を上げていくと、神経細胞ネットワーク、カラムと呼ばれる神経細胞のかたまり、カラムが集まってかたまりになる機能単位、1個の脳、そして脳の集まりに。この最後のレイヤーが社会脳のレイヤーです。

人と共通する社会脳を持つサルを2頭使った実験では、強いサルと弱いサルの関係性が生まれる中で、弱い方に「自分の欲求を我慢する」という社会性が見出されたと本書では報告されています。そうした我慢は人にとっても社会性の基本にあたるそうです。協調行動や利他的行動ではなく、意外な発見でした。

本書の出版から月日が経ち、その間のテクロジーの進化にはめざましいものがあります。フェイクニュースやディープフェイクの氾濫により、そもそも目の前の世界が本当に存在するかどうか揺さぶられるようになってしまった今、「現実」を生み出し、社会とつながる人間の脳の働きと構造について学び、再考できる本ではないでしょうか。

藤井直敬『拡張する脳 (新潮社刊)

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Well-being Matrix編集部
人生100年時代の"しあわせのヒント"を発信する編集部。