2023.08.03

過去、未来じゃなく、もっと今を考えるために

「禅問答」でウェルビーイング

要約すると

  • 日本の禅は、故スティーブ・ジョブズが大きな影響を受けたことでも知られる。

  • 普段馴染みのない禅の教えや禅語も、ジブリ作品のシーンやキャラクターを通して解きほぐされていく。それが平たく、やわらかな言葉でまとめられている。

スタジオジブリのプロデューサー鈴木敏夫氏と、龍雲寺(東京)の細川晋輔和尚、円覚寺(鎌倉)の横田南嶺老師、福聚寺(福島)の玄侑宗久和尚の3人の禅僧による放談をまとめた『禅とジブリ』。 

一見すると関係のなさそうな間柄だが、禅に関心を持つ鈴木氏とジブリ作品を観た禅僧たちは、その重なりやつながりを両者に見出します。 

たとえば、『もののけ姫』にはこんな場面があります。主人公・アシタカが、山犬モロからヒロイン・サンを「お前に救えるか」と問われ、そこでアシタカは「わからぬ」と答えるのです。詳細は本書を紐解いてほしいのですが、細川和尚は、このセリフを、インドの仏教僧であった達磨が梁の武帝に問われて答えた「わからない」を意味する禅語「不識*」だと解釈します。鈴木氏と禅僧たちとのやりとりはほかにもたくさんのジブリ作品と、禅の教えを行き来しながら展開していきます。そして『となりのトトロ』や『千と千尋の神隠し』が禅語の「壺中*」に、『崖の上のポニョ』のセリフが禅語「隻手音声*」に、『ハウルの動く城』のラストシーンが禅語「不立文字*」へと繋がることで、馴染みのなかった禅の教えが、平たく、やわらかな言葉を通して解きほぐされていくのです。 

もう1つ、融通無碍な禅問答のキーワードに「今、ここ」があります。 

禅語には「放下著*」「即今目前*」という言葉があり、それぞれ「放り出せ」「今を生きよ」という意味を持ちます。鈴木氏は、過去と未来に捉われ、今に集中できていない現代の日本人への疑問を抱き、「もっと今に集中しろ」「先のことを考えずに今のことをちゃんとやったら」「今を生きろ」と投げかけます。 

40年来の付き合いの宮崎駿監督と鈴木氏との共通項は、過去の話はしたことがなく、いつも「今、ここ」なのだともいいます。「放下著」「即今目前」はおよそ2500年前にお釈迦様が伝えた言葉ですが、「今に意識を向け、集中すること」を大切にする考え方は、グーグルをはじめとしたテック企業が取り入れ、ビジネスパーソンの関心が高まる「マインドフルネス」と共通しているかもしれません。 

さらに日本の禅は、アップル創業者、故スティーブ・ジョブズが大きな影響を受けたと伝記『Steve Jobs I』の中で記されるなど、海外の人々に受け入れられていますが、それはなぜなのでしょうか。 

玄侑和尚と鈴木氏との対話によると、それは日本の禅は「禅定*」という宗教的な瞑想状態に至る道筋に専門化していて、宗教性が薄いことで入りやすくなっているから。  

そうした放談に禅思想の本質が垣間見える言葉がいくつもあり、マインドフルネスをより深く理解するために禅の一端に触れたい人にも、ジブリの世界を通してやさしく入門できる良書です。 

 *禅語の読み:「不識(ふしき)」「壺中(こちゅう)」「隻手音声(せきしゅおんじょう)」「不立文字(がふりゅうもんじ)」「放下著(ほうげじゃく)」「即今目前(そっこんもんぜん)」「禅定(ぜんじょう)」 

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