画一化した基準に当てはまらなかった人を排除するのではなく、個性を生かすとイノベーションが起きる
ウェルビーイングな社会に必要なのは「体験」と「教育」
Well-being Tableの継続で、“一億総マイノリティ国家”を目指す
“社会的弱者”と位置付けられることもあるマイノリティの人たちを、弱者・守るべき対象として扱うことは、果たして正しいことなのでしょうか。トークセッションでは、DE&I(多様性・公平性・包括性)社会における、誰ひとり取り残さないウェルビーイングマーケティングのあり方を考えました。
登壇したのは、前野さんのほか、LGBT総合研究所代表の森永貴彦さん、株式会社ヘラルボニー代表取締役社長の松田崇弥さん、 SIGNING サイレントマイノリティレポート編集長(撮影当時) の伊藤幹さんの4名。司会進行は、朝日新聞 SDGs ACTION! 編集長の高橋万見子さんが務めました。
当日は、森永さんや松田さんからマイノリティの視点を取り入れた企業マーケティングの実践例が紹介され、伊藤さんも自身が取り組むプロジェクトについてご説明されました。マイノリティは決して社会的弱者ではなく、その個性によってビジネスの場面で創造性を発揮できるという意見が交わされました。前野さんは、誰もが何らかのマイノリティな要素を持っていると認識し、日本は“一億総マイノリティ国家”を目指すべきという考えを語り、トークセッションを終えました。
―本イベントの感想を前野さんに伺うと、人を分別することへの違和感と、誰もが個性を発揮する社会づくりの必要性を述べました。
前野隆司さん(以下、前野) 「障害のある人を例に挙げると、日本には『自分は健常者であり、障害者はかわいそう』と、差別的に考える風潮がまだ根強くあります。そして、障害のある人も人目を気にして、自分は障害者だと自ら伝えることも多くありますよね。差別をする側も、されている側も、差別を助長している面があると思うんです。
でも、本来は誰もが個性をもって幸せに生きる権利があるのだから、それぞれの良さを生かしていくべきでしょう。トークセッションで紹介された事例は、誰もがもつ個性にスポットライトが当たっていて、清々しく感じました。
―そもそも、マイノリティとマジョリティに分けること自体がナンセンスであるという前野さん。トークセッションで数々の企業事例が紹介されたことに対して、多くの人に知ってもらえたうれしさがあったそうです。
前野 「発表された事例のように、一人ひとりが特徴を生かして働くことが可能なのだから、社会を画一化して当てはまらなかった人を排除するのはそろそろやめませんか、と言いたいです。世界中の人たちの個性を生かすと、80億通りのイノベーションが起きるはず。そうすれば、今よりもっとウェルビーイングな世界になると思います。
―前野さんは、日本にある集団主義的な風潮と、マイノリティの関係性についても語りました。病に冒された人を離島へ隔離するといった悲しい歴史もあり、画一性に当てはまらない人を排除してきた日本社会。この国には“十人十色”といった言葉もありますが、この「十人」にマイノリティと呼ばれる人は含まれていなかったと指摘し、視野を広げるべきだと言います。
前野 「集団主義の“集団”にはさまざまな人がいると広く捉えられれば、日本はもっと多様性を受け入れられると思います。今の日本は集団主義の良い面と悪い面が共存していると自覚して視野を広げられれば、ウェルビーイングな社会をつくることができるのではないでしょうか。
―では、日本に住む私たちは、多様性を受け入れ、ウェルビーイングである社会にするために、何をすべきなのでしょうか。キーワードとして「体験」と「教育」の2点があがりました。
前野 「まずは、外国の方と接する体験をすること。僕自身は、90年代にアメリカに留学した経験が衝撃的でした。自分がいかに差別心を持っていたかを思い知らされたんです。僕が滞在したカリフォルニア州のバークレーという街は、マイノリティが過ごしやすい環境を追求していて、車椅子ユーザーや白杖を使う人たちが、たくさん街を行き交っていました。
日本でも、本当は車椅子を使っている人がもっといるはずなのに、段差が多いなど移動しにくい環境と、偏見を恐れて外に出にくいのだろうと気付かされました。僕自身も、こうした人たちをかわいそうな人と思っていましたね。オープンで多様なアメリカ社会に触れて、自分への反省をしながら、毎日新しい刺激を受けていました。
一方で、人種差別が残るなど、アメリカにも美しい面と悪い面の双方があります。でも、差別があると気づいているからこそ、改善していこうとする力強さがありましたね。
―日本で多様な人が触れ合う社会づくりを進めるにあたっては、身体に不自由がある人も外出ができる環境整備、LGBTQ+の人がカミングアウトできる包摂性など、課題は多く残ります。
そして、多様な人に接する際は、ハラスメントなどにならないよう相手への配慮が必要です。この点においては、学校や企業内の教育で学んでいくことが必要だと言います。
前野 学校教育においては、探究型学習が始まるなど学習指導要領が変わってきていますが、教師側がアップデートすることも必要。道徳教育の改善も急務です。
企業でも、多様性理解のための教育の場を増やすべきだと思います。そして、障害者を特例子会社で雇用するケースが今なお少なくないのは、とても残念なことです。
仕事の中で多様な人と接して意見を交わすことで、企業はイノベーションを起こせるし、より良い社会を作る方向に動けるのです。多様な人を知らないままでは新たなアイデアは生まれず、マイノリティと呼ばれる人を無意識に差別し続けてしまいます。
―日本はイノベーションを起こせない、という課題は、しばしば指摘されます。その突破口のひとつは、多様な人に触れ合うこと。変革を起こし、事業を生み出すためには、多様な人を雇用して同じ組織で交流することが必要だといいます。
前野 イノベーションを起こしたいと悩む経営者は多くいますが、ソリューションは明確です。それは、多様な人が働ける職場の環境を整えること。新規事業部門には、障害者やLGBTQ+の人にも入ってもらうといいのではないでしょうか。トークセッションの事例紹介にもあったように、経営者がやるべきことは、様々な方が活躍できる環境づくりです。
―今後、前野さんがWell-being Tableに期待することは、「継続」だと言います。
前野 人は、誰もが個性を持つマイノリティなんです。日本では、不得意なことを普通にしようと努力しがちですが、得意なことや個性を伸ばせばいい。その個性の種類は、数多くあります。
今回のトークセッションでは、マイノリティと呼ばれることが多い障害者とLGBTQ+の方をテーマに取り上げましたが、あまり知られていない人たちの個性にもスポットライトを当てて、多くの人がウェルビーイングに関して考える機会を増やしていけるといいですよね。
こうした素晴らしい企画が続き、日本が本当の意味での十人十色な社会になり、“一億総マイノリティ国家”が実現できたらいいなと切に願います。
<登壇者プロフィール>
前野隆司さん
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授、同大学ウェルビーイングリサーチセンター長。博士(工学)。ウェルビーイング学会代表理事。キヤノン等を経て現職。幸福学、幸福経営学、イノベーションの研究・教育を行っている。
(執筆:御代貴子/撮影:小野奈那子/編集:ノオト)