サイレントマイノリティとは、生きづらさを声にできない人たちのこと。またそれが社会現象化した状態
マイ・マイノリティとは、一人ひとりが抱える言葉にできない小さな悩みのこと
マイ・マイノリティを解決し、新たな価値を創出することが、イノベーションにつながる
― 多様性について考える機会が増えてきた昨今。貧困やLGBTQ+、心身的な障害など社会的課題として、さまざまなメディアで取り上げられるマイノリティ(社会的少数者)への理解は少しずつ深まってきたように感じます。しかし、マジョリティとして“普通”の暮らしをする人の中にも、声なき生きづらさを感じている「サイレントマイノリティ」があるのだとか。
伊藤幹さん(以下、伊藤) サイレントマイノリティとは、多くの人が抱えている見えない生きづらさのこと。マイノリティは社会的少数者を指しますが『一般的にマジョリティと言われている人たちの中にもマイノリティ性があるのでは?』というところから調査を開始し、サイレントマイノリティレポートを発表しました。一人の人間として、マジョリティの中で“普通”に生活していても、生きづらさを抱えている人はいるし、そういう人たちにも光を当てていく必要があるのではないかと考えたんです。
― 実際に調査を行うと、10〜20代の若者の約6割がサイレントマイノリティを感じているとの回答がありました。この背景にはどのような理由があるのでしょうか?
伊藤 昔から悩みや生きづらさを感じることはあったと思います。ただし、誰かと比べるものではなかったので、自己解決できていたのが大半だったはず。しかし、ここ10年ほどでSNSが浸透したことで、他人と自分を比べる機会が増えてしまいました。それが生きづらさをより感じやすくさせてしまったのかな? と考えています。
特に日本は島国で単民族国家という背景もあるため、多様性に対して寛容性が低く、出る杭は打たれてしまう文化がまだまだ根強いです。単純な背景だけでなく複合的に絡み合い、サイレントマイノリティを感じやすい環境になっていると考えます。
― どんな場面でサイレントマイノリティを感じるのでしょうか? 伊藤さんは、一人ひとりが抱える悩みごとを「マイ・マイノリティ」と名付けました。マイ・マイノリティには、具体的にどのような悩みがあるのでしょうか。
伊藤 一番多かった悩みは、自分の性格に関することでした。例えば、人前が苦手で緊張して体や声が震えてしまう。臆病で自分をうまく出せない、心配性でネガティブに考えてしまう、生まれつき感受性が豊かで繊細な気質である『HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)』といわれるような悩みを抱えている人も多くいました。あとは、見た目に関するコンプレックスですね。身長や体重、髪型、肌の悩みを抱えている方がいらっしゃいました。
― 一見すると「個人的な問題」として流されてしまうようなことですが、あえて「マイ・マイノリティ」と名付けたのは、より良い社会になるためにつながると考えたからだそう。
伊藤 個人的に、直訳で少数者の意味である『マイノリティ』という言葉が、社会的弱者の意味で使われていることが多いと感じ、疑問を抱いていました。レポートを通じて、一人ひとりには悩みがあって、どんな悩みでも向き合うことって大切だよねと思っていただければうれしいです。
― 私たちの周りにも、可視化されていないだけで「マイ・マイノリティ」を抱えている人がいるはず。レポートでも10〜20代の74.7%が「マイ・マイノリティのことを人に相談したくても言い出しにくい」と回答しています。
伊藤 この世の中に、マイ・マイノリティを持つ人がいる、小さな悩みでも生きづらさを感じるんだということを知ってもらうだけで、多くの人が生きやすい社会になると考えています。また、同じ悩みを抱えている人同士がつながることも大切です。もし、電話を取るのが苦手というマイ・マイノリティがある人は、一度『電話 苦手』『電話 こわい』などで検索してみてください。この悩みは自分だけじゃないと感じられることが大きな支えになるはずです。
ちなみにマイ・マイノリティは、全ての人が解決したいと思っていないケースもあります。例えば、お子さんのマイ・マイノリティを親御さんが解決してあげたいと思うこともあるでしょう。しかし、お子さんにとっては気にならないことかもしれません。マイ・マイノリティを特別扱いせず、パパやママにも悩みはあるし、おかしなことじゃないよ、と伝えられればいいと思うんです。自分の中にマイ・マイノリティがあることを認めることができれば、それが個性になりますから。
― 伊藤さんは、マイ・マイノリティや多様性への理解を含める取り組みとして、渋谷区と共に「渋谷飴」の企画に関わりました。渋谷飴のプロジェクトは、世代、性別、肩書きや属性が違う人たちを飴にすることで、多様性・ダイバーシティへの理解が深まるきっかけになったそうです。
伊藤 渋谷区は、さまざまな国籍の人が住み、幅広いカルチャーと価値観が共存するマイ・マイノリティに富んだ街です。全国に先駆けて、同性パートナーシップ条例を導入するなど、多様性に対して取り組んでいる区でした。そこでマイ・マイノリティを可視化し、多様性をアピールする方法として『渋谷飴』の販売を実施。金太郎飴はどこを切っても同じ顔が出てきますが、渋谷飴はどこを切っても違う顔が出てくる飴です。イベント等でも配布し、たくさんの方に知ってもらうきっかけになりました。
― 今後、企業によるサイレントマイノリティやマイ・マイノリティの活用は加速していくだろうと伊藤さんは予想します。
伊藤 行政や企業でも、こうしたマイノリティに目を向け始めているところが増えていると実感しています。例えば、不動産会社でも住宅弱者といわれるマイノリティの人たちを『受け入れますよ』とアピールしているところは、その寛容さからブランド力が高まっているようです。なかなか人に言えない悩みであるマイ・マイノリティをビジネスで解決する動きは、今後も加速していくでしょう。
― 「マイ・マイノリティ」とデータ、さらにはアートを掛け合わせた取り組みを進めている伊藤さん。マイ・マイノリティから新たな価値を創造しようとしています。
伊藤 人々が何を怖いと思っているのかネット検索で調べてみると、『お化け』や『上司』などが上位にきますが、階段やインターホンの音など日常の何気ないことに恐怖を感じる人も多くいるんです。ビッグデータの中にある、サイレントマイノリティなデータを抽出して、アーティストの方に作品にしてもらおうと考えています。これらの作品は、ソーシャルイシューギャラリー&カフェ『SIGNAL』にて展示し、グッズなどの収益をマイ・マイノリティを抱えている人たちの支援につなげられるよう準備を進めています。
― また、マイ・マイノリティへの関心を広げる場が今後も重要になる中で、Well-being Tableもその場とひとつであったと、伊藤さんは振り返ります。イベントの懇親会では、伊藤さんの発表を受けて、実際に参加した企業の方から「励まされた」「前向きになれた」という反響があったとのこと。マイ・マイノリティを社会に届け、悩みを抱える人たちをつなげ、個性として認め合える社会になると、どのような未来が描けるのでしょうか。
伊藤 あらゆる特徴を個性として認められる寛容な社会になってほしいですね。マイノリティな部分が議論されないような社会になると、みんなが生きやすくなるんじゃないかな、と。先日行われたWell-being Tableでも、前野隆司先生がお話しされていましたが、“一億総マイノリティ”な社会が理想ですよね。みんな何かしらのマイノリティ性を抱えているのが当たり前で、それらがひとつの個性、アイデンティティになってくると、マイノリティという言葉自体も無くなっていくと思います。
またマイ・マイノリティは、新たな価値になるとも考えています。小さな悩みが大きなイノベーションの種になる。一人ひとりが抱える小さな悩みをミクロに解決し、新たな価値を世の中に出せるようになると、さらに生きやすい社会が実現できるのではないでしょうか。
<登壇者プロフィール>
伊藤幹さん
株式会社SIGNING サイレント・マイノリティレポート編集長(撮影当時)。2017年博報堂入社。戦略を軸足に、コミュニケーション、事業共創、ソーシャルアクション立ち上げなどのプラニングに従事。2022年に朝日新聞とともに「ウェルビーイング・アワード」を立ち上げ。
(執筆:つるたちかこ/撮影:小野奈那子/編集:ノオト)