2023.12.04

企業とLGBTQは共創パートナーに。ウェルビーイングな関係を築くためには

【第1回 Well-being Tableより】LGBT総合研究所代表 森永貴彦さんインタビュー
2023年8月31日(木)、ウェルビーイング・アワード参加企業を対象にしたトークセッションイベント「Well-being Table」が開催されました。
そのなかで「マイノリティがもつ未来を拓くチカラと可能性」をテーマに登壇したのは、LGBT総合研究所の代表である森永貴彦さん。イベントを通じて感じたことや、マイノリティの意見をマーケティングに活用することについてお話を伺いました。

※ウェルビーイング・アワードとは
https://www.asahi.com/ads/wellbeing_awards/

※Well-being Tableとは
「ウェルビーイング」に関するセッションを通じて、 企業やサービス同士の繋がり・ネットワーク創出を目的にしたイベントです。

要約すると

  • 現在、LGBTQをマーケティングの共創パートナーに迎えることが注目されている

  • 企業がLGBTQと共創する際のポイントは3つ

  • ①社内的にセクシュアリティに対する理解があるか

  • ②LGBTQをマーケティングのターゲットとして見ないこと

  • ③コミュニケーションの設計が工夫できるか

  • マーケティングに活用する前に、まずはLGBTQへの正しい理解を広げることが大事

新たな価値を生み出す共創パートナーとして、企業に注目されるLGBTQ 

―森永さんが代表を務めているLGBT総合研究所では、どのような事業を行っているのでしょうか。 

森永貴彦さん(以下、森永) 企業や自治体に向けて、LGBTQに関する研修実施やコンサルティング、マーケティングの支援を行っています。 2005年にスタンフォード大学のロンダ・シービンガー教授が、生物学的性別、社会学的性別等の交差分析を行うことで、イノベーションを創出する「ジェンダード・イノベーション」という概念を提唱しました。男女二元論でなく、さまざまな性のあり方で物事を見ることで、新しい価値を生み出すイノベーションが起きます。

 市場が成熟し、加速する多様性社会において、LGBTQの視点を取り入れた企業コミュニケーションが世界中で増加しており、国内でもそうした取り組みを行う企業が徐々に増えてきています。我々も、ジェンダーイノベーションズの考えのもと、新しい価値の創造にチャレンジしており、Well-being Tableでご紹介した事例のほか、新たな商品・サービス開発やドラマや舞台などのコンテンツ監修なども行っています。 

 

 ―Well-being Tableでは、LGBTQの視点を活用したマーケティングの一例として、パナソニック・メンズグルーミングのボディトリマーの事例を紹介していただきました。 

森永 この事例は、LGBTQを共創パートナーとして迎え、マーケティングに新たな視点を取り入れることで、当初予測した需要の200%以上を達成した成功例と言えます。 

企業とLGBTQが向き合い、企業側がLGBTQの生活意識や行動特性を理解した上でパッケージ監修や広告表現を開発しました。また当事者インフルエンサーを起用したコミュニケーションや、多様なタッチポイントで幅広く訴求を行いました。 

 

―このプロジェクトの成功の要因はどこにあったと考えますか。 

 森永 男女二元論にとらわれずに発想をしたことが成功の要因として考えられます。  

従来のマーケティング活動では性年代別に「何歳の男性なら、こういう価値観で、こういうものが好きだろう」と発想し、そのターゲットに対する戦略を組み立て、商品を開発していきます。しかし、このケースでは、さまざまな性のあり方にフォーカスして、ヒアリングや開発が行われました。ジェンダード・イノベーションのチャレンジがうまくいった取り組みだと思います。 

 

 ―企業は性的マイノリティに対して、これまであまり関心を抱いてこなかったのでしょうか。 

森永 2015年に東京都渋谷区で同性パートナーシップ制度が初めて導入されて以来、「LGBTQ」という言葉が広く知られ、メディアでも特集が組まれるなど、急速に世間の関心が高まりました。 

 こうした社会意識の変化を背景とし、自治体や企業にも少しずつ変化が訪れました。国内企業でも、多様な性のあり方への理解を進める研修を行ったり、就業規則や社内制度での公平性を意識した改革を始めるなどの動きが始まりました。 

 パナソニック・メンズグルーミングのボディートリマーが成功事例となった要因のひとつに、企業姿勢もあると思います。同社では2016年から、同性のパートナー関係も、異性の婚姻関係と近しい扱いができるよう社内規定の変更に取り組んでいたということもあり、多様性に対して真摯に向き合っている企業でした。当時の外資系企業では当たり前の取り組みですが、国内企業においては早くから取り組んでいる企業といえるでしょう。 

LGBTQと共創する際、企業が気をつけるべきポイント 

―このようなマーケティングに取り組む場合に工夫すべきポイント、気をつけておくべきポイントはありますか。 

 森永 大きく分けて3点あります。一つ目は、セクシュアリティ(性のあり方)に対する企業の向き合い方です。社外向けの取り組みでマイノリティに理解があると、いくら謳ったところで、社内の制度が整っていなかったら、元も子もないでしょう。国内外でも、実態が伴わないフレンドリー宣言で炎上してきた企業は数多くあります。マーケティングとして取り組む前に、まずは社内で理解を進めるはじめの一歩が大切です。 

 二つ目は、ターゲットとしてLGBTQを見ないこと。そもそもL/G/B/T/Q、それぞれに異なる意識行動や消費特性があります。細かくセグメントしていけばいくほどマーケットボリュームは小さくなります。また、性的指向・ジェンダーアイデンティティが無関係なカテゴリーのケースも多くあるでしょう。 

ターゲットとするのではなく、男女のくくりではない感性をマーケティングに取り入れることが、イノベーションを創発することに繋がり、成功のポイントとなるのです。 

 三つ目として、パナソニック・メンズグルーミングの事例でも気を配ったのですが、コミュニケーション設計での工夫が挙げられます。例えば、マスメディアよりも3カ月早くLGBTQのセグメントメディアに情報解禁を行い、その中でバズを起こしました。そして、盛り上がりを醸成した上でマスメディアでも取り上げてもらうように設計しました。 

 LGBTQのセグメントメディアは、マスメディアと比べてインプレッション数を期待できませんが、セグメントされている分、親和性が高い製品・サービスの情報を出すと、コミュニティ内で大きな盛り上がりが生まれます。メディアに掲載してもらうクリエイティブも、媒体特性に合わせてマスでの露出と異なるものを制作することで、ユーザーに効果的に届くよう工夫しました。 

 

―このような取り組みを行いたい場合、どのように進めればいいのでしょうか。 

 森永 例えば、社内にLGBTQ当事者やフレンドリーな社員のグループを組成している企業があります。実際に国内企業でも、社内に当事者コミュニティがあり、企業に対してLGBTQの取り組みをアドバイスする機能も果たしている会社も出てきています。本来は社内にこうしたコミュニティで意見交換やアイデアブレストを図り、マーケティングに活用することができればいいのですが、日本と海外ではカミングアウト率が異なります。コミュニティを作っても、参加者が少ないという場合、うまく機能しないでしょう。 

その場合、当社に限らず、当事者のネットワークを持っている企業と協業しながら進めるのは一つの手だと思います。ただ、繰り返しになりますが、まずは社内において多様な性のあり方への理解が前提となります。 

マーケティングに活用する前に、まずはLGBTQへの正しい理解を 

―日本企業のLGBTQに対する取り組みの状況はどうですか。 

 森永 日本企業は多様性に対する向き合い方に慣れていない段階かもしれません。海外の場合は、人種や宗教など様々な「違い」に向き合う機会が多かったので、男女の性差や多様なジェンダーについても日本より早く取り組まれてきました。 

しかし、日本では話題に上がっても「それは何?」という反応も少なくありません。LGBT総合研究所を立ち上げた2016年頃でも、多様性やD&Iといった認識はあるけれど、どの企業も女性活躍推進を「ダイバーシティ」と言っていたくらいです。 

 

―LGBTQの分野で、現在日本が抱えている課題はどのような点でしょうか。 

 森永 前提として、理解が広がっていないという課題があります。2023年6月に「LGBT理解増進法」が成立しましたが、誤解や無理解が多い日本では、理解を広げることが大きな課題でしょう。誤解や無理解による偏見が解消されれば、向き合うことが容易になっていくと思います。 

 現在、多くの企業がLGBTQと向き合っていこうと、チャレンジし始めています。国内では試行錯誤の真っただ中なのでしょうが、当事者不在のアイデアで炎上するケースも少なくありません。本当に当事者が望んでいるのかと疑うようなジェンダーレストイレが炎上したケースも話題になりました。 

このような失敗も含め、当事者とコミュニケーションを図り、より多くの人が心地よく過ごせるアイデアを出し、時にトライアンドエラーを繰り返しながら情報を整理することで同じ失敗を繰り返さないようにすることが大切です。 

 

―日本においても、LGBTQに対する理解が進むと期待したいですね。 

森永 そうですね。制度や法律を作って満足するのではなく、理解を進めることが重要です。これから取り組みを始めていく企業も多いかと思いますが、まずは焦らず、理解を広げることで、おのずと状況が動いていくと思います。向き合わないことによるリスクよりも、向き合うことで得られるチャンスを手にする企業が増えていくことを望んでいます。 

Well-being Tableを企業が社会課題に取り組むきっかけに 

―Well-being Tableでは、さまざまなマイノリティが抱える課題やそれに対する取り組みが紹介されていました。例えば、ヘラルボニーの松田崇弥さんの発表では、障害のある方のアートを活用した取り組みを紹介していました。障害があるゆえに十分な収入が得られない人たちに対し、個性を生かしたアートを通じて経済的な自立を促す新しい切り口での試みでした。森永さんから見て、こういった取り組みに対して感じたことがあれば教えてください。 

森永 LGBTQなど性的指向やジェンダーアイデンティティが理由で、収入が極端に低いといったことは、障害がある方に比べて少ないかもしれません。しかし、共通していると感じたのは、ネガティブではなく、ポジティブなことにフォーカスしようとする姿勢です。 

「困っていることを解決しましょう」だけでは、どうしても「かわいそうな人たち」という見られ方を払拭することができません。  

誤解や無理解から受ける偏見に苦しんだり、家族から絶縁されたり、辛い経験をするLGBTQも少なくありません。一方、才能や個性を活かし、社会で活躍している人たちも多いのです。ポジティブな点に目を向ければ、決して「かわいそうな人」ではなく「素晴らしい人」として向き合うことが出来ます。 

 LGBTQの視点をマーケティングに活用することも、多様な視点でものを発想することから新たな価値創造に繋げられます。マジョリティの視点では気づけなかったことが新しい発想を生み出す。そんな楽しさをもっと広げていきたいですね。 

―Well-being Tableは今回が第1回目で、今後も定期的に開催する予定です。今後どのようなことに期待するかご意見をお聞かせください。 

 森永 社会課題を企業のマーケティングに取り入れるにはどうしていけばいいのか、セッションしていく機会が欲しいと感じました。 

 企業が取り組むなかで障壁となる原因について、課題改善のためのディスカッションを行うことで、チャレンジする企業が増えるのではないでしょうか。 

 例えば、LGBTQに関して、担当者レベルで話が進んでも、経営層が否定的であるため、話が進まないことがあります。世代による価値観の違いも要因のひとつかもしれません。 

 価値観が違う人がいるのは当たり前のことです。これまでの価値観を単に否定するのではなく、価値観の幅を広げていくような企業の取り組みが増えていくことで、その課題に対する見方が変わることを期待したいです。Well-being Tableがその第一歩となれれば良いですね。 

 <登壇者プロフィール> 

森永貴彦さん 

株式会社LGBT総合研究所代表取締役。2011年大広入社。戦略プランナーとして、化粧品、健康食品、製薬企業を中心に数多くの企業のマーケティング戦略立案、事業開発、商品開発などを担当。2016年5月、博報堂DYグループのベンチャープログラムを勝ち抜き、セクシャルマイノリティ専門のシンクタンクである同社を設立。 

(執筆:ミノシマタカコ/撮影:小野奈那子/編集:ノオト)

プロフィール
Well-being Matrix
Well-being Matrix編集部
人生100年時代の"しあわせのヒント"を発信する編集部。