ただの支援で終わらず、経済性をもたせることが大事。
ビジネスにすることで、マイノリティとウェルビーイングな関係を築ける。
経済合理性として、社員が適切に働ける環境整備も重要。
「障害があるからこそできることがある」とプラスの側面を強調することが大事。
ー 先日は「ウェルビーイング」をテーマにしたイベントであるWell-being Tableにご参加いただきました。ご登壇されてみてどういった印象でしたか。
松田崇弥さん(以下、松田) ウェルビーイングが今多くの人に求められている、そういった時代の潮流を感じました。単なる便利な言葉として広まっているのではなく、本当に大切なこととして考えられているのだなと。
また、いろいろな企業の方が参加するのを見ると、良い意味でウェルビーイングがキャッシュを生むものになったんだなとも思いました。ウェルビーイングの持つ求心力が、経済性も含めて高まっているんですよね。
ウェルビーイングには「多様な価値観を持っていいんだ」と全肯定されるような感覚があって、それが多くの人を惹きつける求心力があります。注目されて皆が真剣に考えることで、さらにウェルビーイングな社会が実現する、そんな好循環になっているような印象でした。
ー ヘラルボニーは、知的障害のある人たちと契約し、彼らの作品を商品展開するビジネスを行っています。それは、ケアをするという文脈から離れて、障害のある人が社会の一員として役割を担うような状況を生み出していますよね。そうしたビジネスを行う上で特に意識していることはありますか。
松田 契約をしている作家さんだけでなく、協業している企業も含めて、きちんと利益になるかどうかを意識しています。経済活動が一番レバレッジがきくと思っているんですよね。企業のサステナビリティ推進室やCSR室が行っているような活動も悪いわけではないですが、企業の業績が悪いと、予算が減らされてしまうといったこともあるので。企業の経済活動の中に入り込める取り組みになるかどうかはすごく重要ですし、会社としても存続できないだろうと思っています。
ー ビジネスパートナーだけでなく、社内向けにも快適に働いてもらうための施策を行っていると聞きました。障害のある方が働きやすくなるために取り組んでいることを教えてください。
松田 ろう者の社員も他の社員と同じようにパフォーマンスを発揮できるように、専属で手話通訳の人の募集を始めました。対面で話し合いをするときに、全てをチャットやジェスチャーで置き換えようとすると、どうしても意思決定スピードが遅くなってしまいます。
でも、それは決して、社員の能力が低いからではありません。むしろ、その社員は高いスキルや経験値を持っているのですが、職場に情報補完機能がないせいで、普段私たちがやっているようなスピードで意思決定ができなくなってしまうわけです。
そこで、フラットに対話ができる環境を整備していこう、となりました。他にも、しゃべった内容が全てガラス面に出てくるシースルーキャプションを岩手と東京のどちらのオフィスにも設置しています。
ー「能力を発揮できていないのは、環境が整備されていないだけ」という考え方は良いですね。
松田 別にヘラルボニーが障害のある人に関わる事業をやっているから、会社の姿勢として取り組んでいかなければ、といった考え方からではないんですよ。単純にそのほうが経済合理性が高いからやっています。
社員が適切に働ける環境を整備することで、収益として会社に返ってくる。障害者雇用をコストとして考えるのではなく、純粋に彼らが自分たちの横で働くと考えたときに、きちんと実力が発揮できる環境なのかどうか、という観点で整備しています。
ー ヘラルボニーは海外のアーティストともお仕事をしていますし、松田さん自身も海外に視察に行っています。海外と日本を比較したときに、国内の障害福祉のインフラについてどんな課題があると思っていますか。
松田 ハード面で見たときに、日本はとても整備されていると感じます。街は歩きやすいし、エレベーターも多くある。ただ一方で、知的障害のある人たちが、当然のように働く風景やそれを受け入れるソフト面の土壌はまだ整っていないと思っています。
例えば、パリではシャンゼリゼ通りのど真ん中に知的障害のある人たちが働くカフェがあって、市民はそこでお茶をするのがクールだと思い、あえて選んでいるといいます。日本で、同じようなカフェがあったとして、パリと同じ価値観が生まれるのかと考えると、正直ハードルの高さを感じます。
実際、海外の事業家などには「なぜこんなにハードルが高い国で事業をしているんだ」と言われて、海外から見てもそう思われているんだなと感じました。でも、だからこそ日本で同じような風景を作ることに挑戦してみたいという気持ちはありますね。
ー ハード面の整備だけでなく、ソフト面のギャップを埋めるためにも、意識をアップデートする場が重要ですよね。先日のWell-being Tableに登壇された皆さんも、規範にとらわれず新たな価値観を創造してきた方々でした。他の方々のお話を聞いて、何か印象に残っていることはありましたか。
松田 個人的には、LGBT総合研究所の森永さんが、商品開発の仕事に参加する中で、LGBTQ+の方々が消費行動や感受性が非常に高いという点に着目したという話をしていて、当事者のプラスの側面を強調していく部分にとてもシンパシーを感じました。
と言うのも、ヘラルボニーも知的障害のある方々について「みんな私たちと一緒の人間です」と言うのではなく、むしろ「知的障害があるからこそ生み出せる表現なんです」と、あえてセグメント性を強めて発信しているからです。
例えば、知的障害のある人の傾向として、同じことを何度も繰り返す「常同行動」というものがあります。生活だけではなくてアート上でも現れるので、ボールペンで黒丸をひたすらと書き連ねるような作品が生まれます。
つまり、これは、知的障害のある人だからこそ描けた絵なんです。ヘラルボニーは、その部分を常に強調して発信してきました。世間になかなか受け入れてもらえない時期もありましたが、最近はかっこいいと言ってくれる人たちが増えてきて、うれしいですね。
ー 最後に、松田さんがWell-being Tableに期待していることを教えていただけますか。
松田 手話通訳やシースルーキャプションがイベントで取り入れられていたり、当たり前に、押さえているところを押さえているよねという状態になっていると良いですね。そうすると、取り組んでいることの説得力が高まるんじゃないかと思います。
創業してから5年、障害のある人のアート作品を、一貫してかっこいいものとして発信してきたヘラルボニー。代表の松田さんが描く、障害のある人も含めたウェルビーイングな世界は、より直接的な出会いが日常的にある風景でした。
そのために必要なのは、ハードの整備だけではなく、私たち一人ひとりの考え方や価値観が変わっていくこと、そして、それによって生まれる土壌の変化です。それは決して容易なことではないですが、全ての人たちが、フラットに、ともに生活をしていく社会を実現することは、結果的に、より多くの人たちの人生をより充実したものにするのではないでしょうか。
<登壇者プロフィール>
松田崇弥さん
株式会社ヘラルボニー代表取締役社長/CEO。1991年岩手県生まれ。双子の弟。東北芸術工科大学卒業後、企画会社オレンジ・アンド・パートナーズを経てヘラルボニーを設立。社長を務め、クリエーティブを統括する。東京都在住。
(執筆:園田もなか/撮影:小野奈那子/編集:ノオト)