2023.10.02

いとうせいこうが実践する「フックアップ理論」と「下手なまんま精神」とは?

ゲスト:いとうせいこう
いとうせいこうさんほど、「マルチクリエイター」の呼び名が似合う人はいないでしょう。1980年代、編集者や芸人として活動する傍ら、日本にヒップホップカルチャーを広く知らしめました。1988年に発表した処女小説『ノーライフキング』は第2回三島由紀夫賞、第10回野間文芸新人賞の候補作となり、市川準監督によって映画化。2013年に発表した『想像ラジオ』は第35回野間文芸新人賞受賞。『鼻に挟み撃ち』は第150回芥川龍之介賞候補になりました。また、ベランダで植物を育てる「ベランダー」というオリジナルの肩書きもあり、1999年に出版した『ボタニカル・ライフ―植物生活』は第15回講談社エッセイ賞を受賞しています。

ラッパーであり、小説家であり、作詞家であり、タレントであり、俳優。好きなことをとことん突き詰め、そのすべてが社会的に認められている。1961年生まれ、御年62歳のいとうさんの活動は、いまだ衰えるところを知りません。

理想的なウェルビーイングの実践者に見えるいとうさんですが、意外や意外、大事なことは「下手なまんま」「他人をフックアップすること」だそうです。一体、どういうことでしょうか?

牧野富太郎が朝ドラに! 

品田 せいこうさんは、この3月に『われらの牧野富太郎!』(毎日新聞出版)という本を監修者として刊行されました。日本の植物学の父とも言われる牧野富太郎氏が行っていた植物採集イベント「牧野植物同好会」を、せいこうさんが博士に扮して現代によみがえらせる――という内容ですが、出版の経緯は? 

いとう ずいぶん前に、植物をおしゃれに取り上げる『PLANTED』という雑誌を毎日新聞社(当時・現在は毎日新聞出版)でやってたんです。「園芸」がおじさん、おばさんのものになっちゃうのは嫌だよね、ってことで。ルーカスB.Bという有能なアメリカ出身の編集者たちと一緒に作ってたんです。 

『PLANTED』は廃刊になってしまったんですが、僕がそのちょっと前、高知の牧野植物園に取材に行くことになったんです。そうしたら、植物園の人や高知新聞の人とすごく仲良くなって、現地のNHKの生放送番組に出たりするようになった。そのうちに高知新聞と牧野植物園が、「牧野富太郎を朝ドラに」って、盛り上り始めたんです。 

品田 それが、この4月から放送している『らんまん』(主演・神木隆之介)ですね。 

いとう そうなんです。ドラマ化が決まったとき、『PLANTED』の編集者が、「あの牧野先生を面白く取り上げられるのは、あのときの『PLANTED』メンバーしかいないじゃないですか」って。それでスタッフが再結集して作った本です。 

下手なまんま、素人感 

品田 せいこうさんは、趣味としての園芸がウェルビーイングにつながっていると思うんですが、植物と出合ったきっかけは? 

いとう 30代の頃に1度離婚してひとり暮らしに戻ったら、母親が勝手に鉢植えを送ってきたんですよ。「寂しいだろう」って。 

品田 (笑)。 

いとう 世話が下手だからすぐ枯らしちゃったんですけど、なんかもったいないような気がして、根っこのところに水をあげたら、復活してちっちゃい芽が出た。それにすごくびっくりしちゃって。感動したんです。 

品田 感動? 

いとう なんだ、このシステムはって。死んだ人間はどう転がっても生き返らないのに。昔あったシーモンキーと同じ興味が湧いちゃって。なんで生命がこんなに凍結していられるんだろうと。で、とりあえず他のものにも水をあげてみたり、花屋に行っていろいろ買ってきて試したりしてるうちに、どんどんハマっていきました。 

品田 それは独学で? 

いとう ええ、でも、誰にも教わってないからすぐ枯れる。園芸名人のことを「グリーンサム」って言いますけど、僕はすぐ枯らすから「ブラウンサム」(笑)。でも面白いから、しつこく今でもやり続けてるだけ。だから僕、もう60過ぎてますけど、決して園芸が上手じゃない。下手なまんま。 

品田 下手なまんま、それ、大事かも。せいこうさんは、みうらじゅんさんと『見仏記』をやられてましたけど、仏像に対してもそういうスタンスなんですか。 

いとう そうですね。人よりは知ってますけど、本当に詳しい人って、天界のヒエラルキーとか、どの宗派とどのお経が対応しているとかをすごく大事にするじゃないですか。でも僕やみうらさんは、もっと表面的なことから何かを掴んでいくことを面白がってる。「素人感がある」っていうか。 

品田 牧野富太郎に対する興味も、表面的なところから? 

いとう そうです。小学校を平気で辞めちゃうのに、東大に出入りして植物を教える。でも教授とぶつかって追放される。植物にも興味はありますけど、それ以上に牧野先生に興味があるんです。すごく素人っぽいアプローチですよね。

不安ですよ、いつも 

品田 今の若い人たちって、知識が深くてマニアックな人を尊敬する傾向にあるじゃないですか。まさに、せいこうさんってその象徴に見えるんですが、「下手なまんま」「素人っぽさ」って意外です。 

いとう みうらさんがよく言うんですよ。「いとうさんはオタクじゃないんだよね」って。その通りで、僕、昔からものを一切集めないし、ものすごく忘れっぽい。そのとき思いついたことをただやってるだけなので、体系がないっちゃない。 

逆に言うと、不安はありますよ。詳しい人はもっと詳しいですから。だからその分、人が驚くようなことを思いつかなきゃダメなんです。思いつかなくなったら、もうおしまい。不安ですよ、いつも。 

品田 日本語ヒップホップも、そうやって生まれたんですか。 

いとう クラスのみんなが聴いてるビートルズやディープ・パープルは詳しい人が多いからあえて聴かないで、ブラックミュージックを聴いてたんです。スティーヴィー・ワンダーとかボブ・マーリーとか。ただ、ブルースにまで遡ってルーツが誰々、とまで掘り下げたりはしない。自分をわくわくさせてくれる音楽の方に、ふらふら引き寄せられてただけ。 

品田 普通にリスナーとして好きだった。 

いとう そうです。ただ、思ったんですよ。これ、日本語でもやれるよなって。何言ってるかわかんないし。意味がわかんないで踊ってるのはどうなのって。意味のわかる言葉でやるべきなんじゃないかと。 

品田 人が思いつかないことを、思いついたんだ。 

いとう スクラッチも、なんかゴシゴシ鳴ってるけどなんだろうと思ったら、ちょうど日本に何人かスクラッチのできるDJがいて、不思議と彼らに出会って、「ああ、こういうことやってんだ」って理解した。それを見てるうちに、すぐに音楽的な使い方がわかって。 

なにかにつけ、とにかくやってみようって思うんですよ。まず評論するんじゃなくて、まずやる。やってみてから評論が含まれていく、というのかな。 

意外なことに、成熟世代になってから始めた趣味を持つ人は3割弱もいます。いとうさんがおっしゃる「下手なまんま」「素人感」を合言葉に、ぜひフットワーク軽くチャレンジしてはいかがでしょう。(編集部) 

素人だから書けた『ノーライフキング』 

品田 処女小説で各界から高い評価を得た『ノーライフキング』も、「まず書いてみた」という感じですか。 

いとう こういうリアリズム好きじゃないんだよなあ、リアリズムじゃなくてなんか鳥肌が立つような変なムードがある小説の方が好きなんだよなあ、とか思ってるときに、「子供たちの噂」の筋書きが下りてきたんです。 

品田 もともと作家になりたかったわけではない? 

いとう 全然。小説を書きたいと思ってたわけでもないです。ただ、子供たちのビックリマンチョコに対するこの異常な情熱はなんだろうとか、ドラえもんは植物人間になったのび太くんの夢だった――みたいな死にまつわることを、なんで子供たちが噂するんだろうとか考えてたら、急にうわーって、「こう物語化すればわかるかも!」みたいな感じになって。しゃべった内容を当時の妻にメモってもらって、それをもとに2週間かそこらで書いちゃった。これも素人だからできたことですよ。 

品田 体系的に小説を学んだりしてたら、書けなかった? 

いとう たぶん、ああいう形では書けなかったでしょうね。もっと起承転結があって、あんな変な終わり方じゃなかったと思います。 

フックアップされてきた人生 

品田 せいこうさんのパブリックイメージって、「やりたいことを好き勝手やってる人」ですよね。 

いとう 好きにやれたのは、それをサポートしてくれる人たちがいたからですよ。ヒップホップ用語で言うところの「フックアップ」(注:売れている者が無名の者を自分のフィールドに引き上げて紹介すること)された、というやつです。大先輩が僕をフックアップして、司会やれよとか、バンドやってるらしいけど出てよとか、言ってくれたんですよ。それが高橋幸宏さんだったり、細野晴臣さんだったりした。 

品田 愛されキャラなんですかね。 

いとう 一匹狼がウロウロしてるから、先輩がたに興味をもたれたんじゃないですかね。たとえば『ノーライフキング』は、僕がずっと尊敬している批評家の柄谷行人さんがたまたま読んでくれて、「これは考えて書ける小説じゃない。書かされるようにして書くという小説が何十年かに一本出てくるけど、これがそれだよ」って言ってくれたんです。柄谷さんほどの方がなんで僕の小説なんかを読んでくれたかというと、たぶん、僕が誰かの弟子じゃないから(笑)。 

品田 若い頃からフックアップされてたんですか? 

いとう ええ、新卒で入社した講談社に、内田勝という伝説の編集者がいまして。多分、僕の入社のときの面接官のひとりだったんですが。 

品田 1960年代から70年代にかけて「週刊少年マガジン」を大躍進させた方ですね。せいこうさんが配属された「ホットドッグ・プレス」の創刊編集長でもあった。 

いとう 入社しても芸人は続けてたんで、校了に迷惑かけたら辞めるって決めてたんです。で、あるときどうしても校了と大きなプロジェクトが重なっちゃったんで、編集長に辞表を持っていったら、「内田さんにだけは挨拶しておけよ」って。それで内田さんにドキドキしながら報告したら、「うん、君はいいときに辞めるな」って。 

品田 えっ? 

いとう 「これからはマルチメディアだ。いとう君、君の方が正しいよ。出版社にいる時代じゃない」って。 

品田 それが1986年くらいですか。すごい先見の明ですね。 

いとう 内田さん、「どういうところに行くの」って言うから、「たぶんテレビ番組とかやると思うんです」って言ったら、「じゃあ、ちょっとそこにいてくれ」って。内田さん、その場でTBSの取締役だの、どこどこの取締役だのに次々電話して、「今からうちのいとうという者が行くから、よろしく頼む」って言ってくれたんです。 

出方より裏方をやりたい 

品田 逆に今のせいこうさんは、後輩や若手をどんどんフックアップしていますよね。 

いとう みうらじゅんさんがよく言うんですよ。「いとうさんの職業は応援団だ」って。面白いことをやってるやつを見ると、引き上げずにはいられない。自分がもってる番組には全部出して、自分がやってるイベントには全部出す(笑)。 

品田 バカリズムさんや、8人組コントユニット・ダウ90000はせいこうさんがフックアップしたそうですね。 

いとう 蓮見翔(ダウ90000主宰、脚本・演出担当)は天才だ!と思って、関係してるところに全部押し込みました(笑)。そうやって経験を積ませるとぐんぐん伸びていくのがわかるし、絶対裏切られずに面白いことしてくれるから。「ね、面白いでしょ?」って僕が人に言えるじゃないですか。そういうことがたまらなく好き。とにかくフックアップするのが楽しいんですよ。 

品田 ただ、せいこうさん、「俺が育てた」「俺が見つけた」とは言わないですね。 

いとう それは言えないですよ。最終的に目立つのは僕じゃなくて、その人であってほしいから。最初にテレビマンや編集者をやりたかったのも、やっぱり裏方の側にいたいから。 

品田 なるほど。 

いとう それに、もし出役として何かでウケちゃうと、そのパブリックイメージで固まっちゃうから大変ですよ。古い例ですけど、渥美清さんは本当に苦しんだと思います。寅さん以外の笑いだってやりたかったでしょうし。一方の山田洋次監督は『男はつらいよ』以外の映画も撮れる。自由なんですよ、裏方のほうが。 

フックアップは人生を楽しくする 

品田 勤め人である我々としても、フックアップはウェルビーイングにつながりそうですね。 

いとう フックアップって、会社の中だけじゃないんです。たとえば町内会で、「この人に草花のこと語らせて町内を回ってもらったら、面白いんじゃない?」って言ってみる。そういうことも含めて差配する方が人生は面白くなるし、周囲の皆も「お前、よくあんなこと思いついたよね」って飲み屋で言ってくれるでしょ。 

品田 おもしろい人をいち早く見つける、己のフックアップ力を磨く。そう考えると、いわゆる「推し」もフックアップの一種なんですかね? 

いとう そうなんですけど、「推し」の場合、自分が下にいる気持ちじゃないですか。でもフックアップは、対等もしくは自分が年上でしょ。「これもやってみたら?」って言える立場からの行為。フックアップ力を鍛えれば、「あいつが誰かを紹介すると、必ず面白いことが起こる」って周りから認識されるようになる。 

品田 なるほど。ただ、組織には「俺があいつを育てた」的な態度になってしまうおじさん、いますよね。 

いとう フックアップに「俺は」はどうでもいいんです。「あの人の面白さに気づいていて、なんとかしようと思ったんだ」っていう気持ちだけでいい。それでその人がブレイクしたら、さっさと次に行く。「彼をフックアップしたのは俺」とか一切言わなくていい。何年も後になって、「あの人を見出したのは、実は彼」なんて誰かに言ってもらえたら、最高に嬉しいけど。 

品田 かっこいいなあ。さすらいのフックアッパー(笑)。 

いとう おじさんたちは、かつて自分がフックアップされたときのことをよーく思い出してみるといいですよ。人生の中でまったく褒められてなかった人って、そんなにはいないでしょう。子供の頃とか、中学の頃とか、何かしら的確に褒められた経験が誰しもあったはず。若手の頃に「自分に声をかけてくれて、すごく嬉しかった」とかね。そこで受けた喜びを、今度は自分の部下や後輩たちに投げるんですよ。かつての自分と同じ反応がきっと返ってくるから。それってすごく面白い。 

「好き」なら「得意」じゃなくてもいい 

品田 推すもの=趣味のある人はウェルビーイングを実践できている人が多いと思うんですが、今から趣味を探すにはどうすれば? 

いとう 僕は何年かに1度、自分は何を好きなんだろうって振り返ってみるんですよ。なんでこの小説好きだったのかなあって。割り切れない話が好きなのかな? どういうタイプのキャラクターが出てくると興奮するのかな?って。結局、自分という存在が一番謎だから。 

品田 自分を掘り下げてみる。 

いとう そうです。自分を客観視して、「こういう人間だったら、こういう面白いことが向いてるんじゃないか?」って、いわば自分で自分をフックアップしてあげる。自分で自分に向いている趣味を作りあげていくというか。 

品田 「世の中でこれが流行ってるから、やってみよう」じゃなくて。 

いとう それだと、もしハマれなかった場合、「俺、全然ダメだ、世の中についていけない」って落ち込むでしょ? 好きじゃないかもしれないことをやってたら、それは当然ですよ。それに「好き」なら、必ずしも「得意」じゃなくてもいいんです。 

僕、学生に「得意じゃないことをやれ」って教えてるんです。得意なことは飛びつきやすいから、すごく簡単なレベルで「できた」と思っちゃう。そうじゃなくて、一番苦手なことに挑戦すると、いろんなトライをしようとするから、面白いことと出合える。僕の場合、字がすごく下手だから、筆ペンでゆっくり書いてみる。『ど忘れ書道』っていう、ど忘れした言葉を思い出すために書道で書き留める連載をやってたんですよ。下手でも一生懸命書いてると、愛らしいものができあがるんですよね。 

品田 「下手なまんま」って、やっぱり大事なんですね。 

30年以上前の趣味を続けている人が5割強も存在し、力を入れ続けている趣味を持ち続けている人は多いです。一方で、この5年で力を入れたい趣味を見つけた人は1割強。没頭できることは大人になってからも見つかるようです。(編集部) 

全体総括

あらゆる分野に確かな実績を残しているいとうさんですが、それらは気負った専門性からではなく、「下手なまんま」「素人感」といった気負いのなさや、「まずやってみる」というフットワークの軽さがもたらしたものでした。また、利他精神にも近い「フックアップ好き」は、巡り巡っていとうさんの評価にもつながるばかりか、面白いものがどんどんいとうさんの元に集まってくるという副次効果を生み出してもいます。ウェルビーイングの「正解」も、実はこのあたりにあるのではないでしょうか。 

いとう流・ウェルビーイングに近づく10の心得 

・「下手なまんま」が実は長続きする 

・表面的な興味でいい 

・自分より詳しい人なんて、いくらでもいると知る 

・まず評論するんじゃなくて、まずやる 

・体系的に学んでいない素人だからこそ、できることがある 

・「俺が見つけた」とは言わない 

・誰かをフックアップするのは人生を楽しくする 

・かつてフックアップされたことを思い出せ 

・趣味は「セルフフックアップ」で見つけよう 

・「好き」なら「得意」じゃなくてもいい 

いとうせいこう 1961年生まれ、東京都出身。1988年に小説「ノーライフキング」でデビュー。1999年、「ボタニカル・ライフ」で第15回講談社エッセイ賞受賞、「想像ラジオ」で第35回野間文芸新人賞受賞。近著に「鼻に挟み撃ち」 『「国境なき医師団」を見に行く』「小説禁止令に賛同する」「今夜、笑いの数を数えましょう」「ど忘れ書道」「ガザ、西岸地区、アンマン」「福島モノローグ」「われらの牧野富太郎!」「今すぐ知りたい日本の電力」などがある。 

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新サブカルシニアの実態を紐解く編集部