2023.03.17

おひとりさまのウェルビーイング

ウェルビーイングトーク しあわせの、これから。Vol.5
Hakuhodo DY Matrix(以下マトリクス)は、「100年生活者を見つめ、人生を通してWell-beingであり続けられる理想社会の実現」をめざしています。そして、ウェルビーイングは社会と共創していくものと考えています。こちらのサイトでは、ウェルビーイングに関わるさまざまな分野で活躍をされている有識者の方々に、毎回異なるテーマでインタビューを行い、そこから得られた多様な知見や役立つヒントを発信していきます。

お話をうかがった方

後藤さくら撮影

上野千鶴子さん

社会学者・東京大学名誉教授・認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長 富山県生まれ。京都大学大学院社会学博士課程修了。社会学博士。 女性学、ジェンダー研究のパイオニアとして活躍。近年は高齢者の介護とケアの研究に力を入れている。 著書は、『おひとりさまの老後』『男おひとりさま道』(法研)、『みんな「おひとりさま」』(青灯社)、『上野千鶴子が聞く 小笠原先生、ひとりで家で死ねますか?』(朝日新聞出版)、『おひとりさまの最期』(朝日新聞出版)、『在宅ひとり死のススメ』(文春新書)、最新刊に『これからの時代を生きるあなたへ』(主婦の友社)など多数。

この20年で、「新しい老後」が生まれている

現在、八ヶ岳でどのような活動をされているのでしょうか。

上野千鶴子さん(以下、上野): 今は八ヶ岳のある北杜市と東京で、二拠点生活をしています。 八ヶ岳山麓の北杜市は、人口が減っていません。それは高齢の転入者がいるからです。近くに清里がある自然豊かなこのエリアには、高齢者のカップルが移住していらっしゃいますが、どちらかがお亡くなりになって一人になったら、帰っていく方が多い。せっかく八ヶ岳が好きで移住していらして、本当は最後まで住み続けたいのに帰らざるを得ないというのはとても残念なことです。私は、自身のためにも「おひとりさまの老後」を研究しながら、お声がけいただけば、「大好きな北杜で最期まで」というテーマの講演を行ったりしています。北杜を愛して、選んで、移住してきた人たちが、どうすればフレイル期以後も住み続けることができるのかを考えながら、一緒に伴走しています。

八ヶ岳はもともと医療介護過疎地でした。しかし移住者の中にも、ドクターや訪問看護師がいらっしゃって、65歳から人生もうワンラウンドということで、八ヶ岳へやって来てからも開業しておられます。さらに、キーパーソンが1人出てくると状況が一変します。北杜市の場合、日本訪問看護事業協会の初代事務局長であった宮崎和加子さんが移住してこられてから、あっという間にグループホーム、訪問看護ステーション、訪問介護事業所、認知症デイサービス等を作って、事業を広げました。昔、看護師だった人など地域の休眠人材の掘り起こしもありました。医療と介護のインフラの整備ができてきたことで、「在宅ひとり死」の事例も積み重なってきています。

この20年で時代は大きく変わりました。今や国内の介護市場は16兆円という巨大マーケットです。本のタイトルを『在宅ひとり死のススメ』とすることなど、以前だったら考えられなかったことです。それが、人口学的趨勢として否応なく独居率が増えたことと、20年間で介護保険の現場が進化したことが重なって、日本に「老後の新しい選択肢」が生み出されたのです。この変化はとても喜ばしいことです。

老い衰えても生きていける文明をつくりあげた私たちは おむつをしながら、堂々と生きればいい

上野さんが出演されたNHKの番組『ボーヴォワール 老い』では、 「老いを老いとして引き受ける」という視点がより重要なものとして挙げられています。

上野: 世の中には「サクセスフルエイジング」というアメリカ生まれの概念があります。これを、老年学の研究者である秋山弘子さん(東京大学高齢社会総合研究機構)は「死の直前まで壮年期を引き延ばす思想」と定義しました。それは、私から言わせると、老年期の否認であり、現実逃避ともいえます。まだまだ元気な前期高齢者の間は働くこともできますし、壮年期を引き延ばしたい人は、引き延ばせばいいと思います。例えば、堀田力さんが代表を務める「さわやか福祉財団(1991~)」は、前期高齢者のまだ元気な男性中心の団体で、社会貢献や起業を勧めています。

ただ、どんな人でも、いずれは老い衰えてフレイル期を迎える、これが現実です。日本人の平均寿命が50代であった戦前は、老年期を迎える前に死ねたかもしれません。でも、そこから私たちは、「死ぬに死ねない社会」を作り上げてきました。ピンピンコロリが理想と言われても、現実には無理です。 これは、決してネガティブなことではありません。私たちは、衛生水準・栄養水準・医療水準・介護水準の4つが高いレベルで保たれている文明の賜物として、フレイル期になっても生きていける社会を手に入れたのです。私たちは、この現実を受け入れなくてはいけません。「オシモの世話をされるようになったら生きている価値がない」という人がいますが、おむつするぐらいで死ぬ理由にはなりません。フレイル期になったぐらいで、どうってことはないでしょう。おむつをして、人のお世話になって、堂々と生きていけばよいのです。そして、それを可能にしたのが、介護保険です。過去の常識や価値観は現実に合わなくなったことを認めて、今の現実を受け入れましょう。

かつては、介護は女性の仕事でした。その女性自身がフレイル期になり、いざ世話される当事者になると、肩身が狭くて居場所がなかったものです。ましてや、どのような世話を受けたいかなど、声を上げることもできませんでした。 そもそも、日本には高齢者の当事者団体というものがありません。樋口恵子さんが代表を務める「高齢社会をよくする女性の会(1983~)」は、高齢者をお世話する介護世代の女たちの声から生まれた団体でした。当時は嫁の介護があたりまえ、感謝なき、評価なき、対価なき介護だった時代です。この会もすでに設立から30年以上たち、活動をされてきた会員の方が、介護される側になっています。こういう方たちがネットでどんどんつながって、要介護当事者として、パワーのある発信をしてくれるいいなと、私は思っています。

おひとり様に必要なのは、 「インフラ」と「メンタルな資源」

おひとりさまで生きていくためには、リテラシーが必要だと思います。 人生満足度が底を言われるミドルエイジなどはどうすればよいでしょうか?

上野: 私は「おひとりさま資源」が必要だといっています。まずは「インフラ」。それと「メンタルな資源」です。 まず、インフラに関しては、日本には世界に誇る3点セット-年金保険、医療保険、介護保険-があります。それと住まいです。これらのインフラがあれば、ひとりになっても生きていけます。インフラは思いついて急にできるものではないので、基本のキは早くから構築しておく必要があります。

メンタルな資源に関しては、一人でいるのが平気なおひとりさま力のある人と、そうでない人で心構えが変わってきます。よく、40代50代の方から「お友達がいないのですが、どうすればいいでしょうか?」という相談を受けます。そのような方には、「あなたは、これまで40年50年も友だちなしで過ごしてきた実績があるのだから、これから先も要りませんよ」とお伝えします。一人で居られるというのは、素晴らしい能力です。無理やり人とつながる必要はないでしょう。 一方で、「おひとりさまでいるのが不安」という人は、「金持ちより人持ち」を目指しましょう。人持ちになるために、性格とかキャラとかは関係ありません。人間関係は、種まいて水やって育てたあとのメンテナンスが不可欠です。すなわち、お金じゃなくて時間とエネルギーの投資を続ける必要があります。ただ、今はさまざまなコミュニケーションツールが発達しています。私は、ICTは弱者の味方だと思っています。寝たきりになったとしてもオンラインでつながっていけるのですから。

最初は誰もが、おひとりさまビギナー ロールモデルを見て、学んでいくもの

上野: あと、もう一つ、「ロールモデル」という資源もあります。 多くの人は最初からおひとりにさまになるのではなくて、おひとりさまになっていくのです。なりたては誰もがビギナーですから、そこで学習していけばいいのです。そのとき役立つのが、ロールモデルです。

これまで、メディアの発信は、独居や孤立のネガティブモデルがほとんどでした。例えば、無縁社会は、背景に貧困が大きく関わっています。平均値だけでみるとおひとりさまの実態は悲惨です。 一方、私がおひとりさま研究を続けていってわかったことは、ポジティブモデルがたくさん存在するということです。そして、この20年間で、高齢者自身にとっても、若い人たちにとっても、「家族と一緒にいることが幸せであるとは限らない」ということが見える化されてきました。 『おひとりさまの老後』を書いたとき(2011年)は、「お父さんが亡くなって、お母さん一人になったから一緒に暮らさない?」という子どもからの誘いを「悪魔のささやき」と呼びました。子どもは、愛情の証としてこの踏み絵を踏まされました。ところが、最近は、親の方が申し出を断るようになりました。「おひとりさまは気楽でいい、親も子もお互いに」に変わってきたのです。男性週刊誌でも、最近は「ひとりになったとき」特集をよくやっています。そこで「ひとりになったときやってはいけないリスト」にあるのは、再婚、子どもとの同居、家の売却、施設への入居、子どもに財産を渡す‥‥。これらは、かつてはやることリストだったのです。 ロールモデルを見える化し、独居高齢者を「おひとりさま」というポジティブイメージに変えた点では、私も多少なりとも貢献していると自負しています(笑)。

日本の介護保険のサービスは、世界に誇れるクオリティ もはや、介護保険のない時代に戻れない

介護保険の20年間によってもたらされた変化について教えてください。

上野介護保険の恩恵として、まず権利意識が育ったという側面があります。 実は、介護保険制度を導入するにあたって、税方式にするか、保険方式にするかで議論がありました。本来、介護は福祉の一環としてすべて税金で賄うのが当然だといわれていました。ですが、国は財源不足等を理由に、その財源の半分を40歳以上から強制的に保険料として徴収する形でスタートしました。すでにみなさん、年間8万円近く支払っているのではないでしょうか。その結果、巨大なマーケットが生まれ、それまで家族で行っていた介護の現場に、第三者が入るようになりました。

介護保険がスタートした当初は、利用者はほとんどいませんでした。「こんなもの作っても使うものはおらん」「年寄りのお世話に他人に家に入ってもらうなんて家の恥だ」と言われたものです。利用者の中には、事業者のクルマを家から数ブロック先に車を停めて、そこからヘルパーさんに歩いて来てくれと言う人もいました。中には、自治体の職員が、地域のお宅を一軒一軒訪ね歩いて利用者の掘り起こしをしていたところもあります。 それが、導入3年後(介護保険は3年に1回の改訂が法律で定められている)には、手のひらを反すように利用抑制に転じました。つまり、介護保険が保険料徴収という形で制度化されたことで、介護される側だった人たちが「ご利用者様」になり、あっという間に権利意識が育ったのです。常識や慣習や価値観なんて簡単に変わります。そして、これから後期高齢者になる私たち団塊世代は、権利意識が強い世代です。おひとりさまの老後はますます変わっていくと思います。

上野: また、介護保険市場が生まれたことで、現場にプライドの高いプロフェッショナルが育ち、経験値が蓄積したという点は、大きなメリットです。 先述した樋口恵子さんは、「家族介護という制度ができて、家族という闇にサーチライトが入った」と言いました。これは名言だと思います。家族は闇なのです。家族介護は素人介護ですから十分なクオリティがあるとは限りません。さらに、関係の悪い家族間での介護となると、内部で何が起こっているかわかりません。介護保険導入当初は、「制度あってサービスなし」という自治体もあり、家族給付をすべきかどうかの大論争もありましたが、その使途も家族のケアの質も管理することはできません。結局、日本の介護保険は家族給付金制度を導入しませんでしたが、それでよかったと思います。介護保険で世界に誇る質の高いプロフェッショナルからのサービスが受けられるのです。

私は、日本が90年代に10年かけて介護保険を作ったということは、歴史に残る快挙だと思っています。たとえ少しぐらい欠陥があったとしても、ない時代よりはるかに良い時代になっています。もはや私たちは、介護保険がない時代には戻れません。

現場の声が生み出した、介護保険のメニューの広がりが おひとりさま一人ひとりの老後を支える

おひとりさまの在宅介護支援の現場の取り組みやしくみについて教えてください。

上野: この20年間、事業者の方たちは目の前のニーズに一つひとつ対応して、介護保険のメニューを拡大してきました。その恩恵は非常に大きいです。

メニューの一つに地域密着型と呼ばれる小規模多機能型の介護サービスがあります。このサービスは、民間が作ったものを、厚労省が介護保険の対象として追認して事業化したもので、完全に民間主導のモデルです。 また、奈良県奈良市にある「あすなら苑」は、複合的な事業(老人施設、サービス付き高齢者住宅、デイサービス、ショートステイなど)を展開しているので、認知症のある利用者さんに、お昼間はデイサービスに来てもらって、夜はおうちへ帰っていただくことができます。仮に、その方が一時的に入院したとして、退院していきなり自宅で過ごすのが難しければ一旦ショートステイを提供する、といったフレキシブルな対応が可能です。なじみのある職員が対応してくれますので、利用者も安心です。定時巡回随時対応型訪問介護看護も、「こういうのがあったらいいね」という現場の声からできたメニューです。そして、今では、小規模多機能に看護がついた、「看護小規模多機能(略称カンタキ)」があります。看護師さんは医療行為ができますから、これで在宅ひとり死ができる可能性が格段に広がりました。

また、共生型デイサービスというものがあります。これは、年齢や障害の有無などにかかわらず、誰もが住み慣れた地域でデイサービスを受けられるもので、これも現場の声から生まれました。 はじまりは、富山県の民間のデイサービス事業所でした。開所当時、障がい児、学童、高齢者介護と異なる目的の利用者が混じっている事業所には補助金がおりないという問題に直面しました。縦割行政の弊害です。そこで、行政を巻きこんで縦割りの壁を横断することを要請し、ルールを変えるようになったのです。このようにして生まれた共生型サービスを「富山型モデル」と呼びます。そして、小泉政権の構造改革では、富山県が市と共同して福祉特区を申請し、その後、そのモデルが全国に適用されるようになりました。 20年間にわたる介護保険のメニューの拡大には、このような現場の並々ならぬ努力と歴史の積み上げがあることを忘れてはなりません。

おひとりさまの親を自宅で看取ることが 若い世代の学びになる

今後、介護のロールモデルは変わっていくでしょうか?

上野: 介護保険のおかげでお年寄りがひとりでいられるということは、若い人たちの目の前にロールモデルを呈示することにつながると考えられます。 認知症で独居の親を在宅で見送るというケースはすでに出てきています。私は、若い人たちに、「親をひとりで置いておいてもかまわないんだよ」「安心してひとりで置いておけるからあなたも遠くに離れていられるんだよ」と言っています。介護保険の恩恵を受けて、後ろめたさを持つことなく親を見送る経験をすれば、「こうやって自分もひとりで死ねるんだ」ということがわかります。つまり、親が一番のロールモデルなのです。

日本の福祉は、自己申告主義です。行政は、いちいち「こんなサービスがありますよ」と教えてはくれません。つまり、賢い消費者でないとよいサービスは得られないわけで、そこには、どうしても情報リテラシー格差が生まれます。 本当によいサービスが受けたければ、正しい情報と知識が必要になります。どこに、どのようなサービスと人材があって、何をどのように使えるのか‥‥‥。そこで、身近なロールモデルを知ることや、制度を勉強して、自分にとって正しい情報を得ることが重要になります。また、地域間格差も大きいので、どの地域に住むかということも大切でしょう。リテラシーを高められるかどうかで、受けられるサービスが変わってくるということは覚えておきましょう。

介護保険市場は、保険外サービスに広がり、さらに拡大する

今後、おひとりさま市場が拡大する中、民間企業ができることは何でしょうか?

上野: 介護保険を後退させようとする今の流れを認めるようで、あまり言いたくはありませんが‥‥‥。ビジネス界も政府も、お年寄りのストックをフロー化したいと考えています。介護保険外サービスは現在ブルーオーシャンです。今後伸長して一大市場になる領域でしょう。

もはや、私たちは介護保険のない時代になど戻れません。ところが、政府は介護保険を後退させようとしています。詳しくは、『介護保険が危ない! (上野千鶴子、 樋口恵子 編)』に書いていますが、現在、介護保険利用者の自己負担率は所得水準に合わせて3割まで上がっています。また、支出の上限を死守するという政策に基づき、要介護対象者を3以上の重度に限定する、生活援助をはずして身体介護に限定する、ケアプラン作成を有料にして利用の敷居を高くする、といったことを、小出しに実行しています。このような今の流れの中では、サービスの足りない分を家族に押し戻す(これを再家族化という)か、自腹で市場サービスを買いなさい、という2通りの選択肢が生まれます。そこで、進められているのが、「介護保険の混合利用」です。すでに厚労省は、「公的介護保険外サービスの参考事例集(保険外サービス活用ガイドブック)」を作っています。

そこで考えられるシナリオは、既に参入済みである事業所においては、利用者さんが介護保険上限まで使った上で、足りないサービスを自費で追加(10割負担など)するようになることです。利用料はかなり高額になります。一方で、今後は外国人労働者の受け入れも進むでしょうし、介護保険外で低価格なサービスを提供する業者が出てくるでしょう。資格を持つ経験を積んだ人材による高品質なサービスを受けられる保険内市場と、資格がないけれども相対的に低価格な保険外市場ができることになります。

そこで問題になるのが「介護サービスの買い手はだれか」ということです。サービスの意思決定者は高齢者自身ではなく家族であることがほとんどです。家族は価格訴求でサービスを決めてしまいがちです。行政の管理が行き届かない市場で、相対的に低価格なサービスが選ばれる危険があるのです。これがいちばんイヤな予測で、最悪なシナリオです。 重要になってくるのは、消費者がサービスを価格だけでなく、質で選べるようにするということです。例えば、生協のようなブランドの信用性は効くでしょう。介護サービス商品のクオリティコントロールは大きな問題です。

また、おひとりさまが増えて、家族関係が脆弱になる中で、「成年後見」事業へのニーズが拡大するでしょう。 現状の成年後見制度では財産管理しかしてくれませんが、財産管理に加えて、身上監護、死後事務委任の3点セットを託したいニーズは確実にあります。すでに、成年後見においては不祥事も起きていて、信用力が絶対に必要になります。例えば信用第一の銀行や保険会社などの参入が考えられるでしょう。その際、なにも銀行員が身上監護を担当することはないわけで、そこは、保険外サービス事業者との提携が起きるでしょう。そういう提携型のビジネスは、今後ますます広がると思います。

経験や生活歴が高齢者を分かつ セグメントに合ったコミュニティは価値を生みだす

アメリカでは高齢者をサポートするエイジテックも隆盛です。 日本ではどのようなサポートが考えらえるでしょうか?

上野: 日本でも、施設にいる高齢者と家族をつなげるコミュニケーションツールはすでにありますし、ベッドから出た時にセンサーが作動して一日一回安否確認ができるとか、24時間センサーが作動しなかったら子どもに通知がいくというものもありますが、それを利用するくらいなら1日1回家族が電話をかけて人間の声を聞かせてあげなさいよ、と思いますね。

但し、高齢者には高齢者同士でしかわかり合えないことがあるのも事実です。高齢者層へのビジネスを考えるのであれば、ターゲットをセグメントして、コミュニティを作るという方法はあるでしょう。 セグメントが大事だというのは、現在の高齢者層は、それまでの生活歴の違いや、学歴間格差が大きいからです。これは差別ではなく事実です。かつて各地に、地域密着型の老人会というものがありましたが、地元商店街の若衆が歳をとって長老になって集まる会の中に、企業勤めを終えた定年退職者はなかなか馴染めませんでした。いわば水と油です。 もてあました自治体が、シルバーカレッジや寿大学を作りました。高学歴者はなぜだか「学校」が大好きですね(笑)。地域の高齢者は元気になるし、大した財源もかからず、メンテナンスもそれほど大変ではないということで、今や全国的に広がり新しいコミュニティになっています。

大阪府では、橋下府知事の行政改革のもとで、高齢者大学の事業が廃止されましたが、共学で楽しく通っていた当事者たちが、完全自主独立路線で、大阪府高齢者大学校(認定NPO法人)を立ち上げました。行政の支援を離れた後の方が成長して、今や加入者が1000人を超す大きな組織になっています。 残間里江子さんが代表を務めるクラブ・ウィルビー*のように、有料コンテンツを配信するようなコミュニティもあるでしょう。 *クラブ・ウィルビー(club willbe):「新しい大人文化の創造」、いつまでも社会とのつながりを持ち続ける生き方を、目指すネットワーク型の組織。web magazineで新しい大人文化の発信を行う。

「〇〇カレッジ」には私もよく呼ばれますが、コロナ禍でオンラインとリアルのハイブリッド化が一気に進みました。オンラインを利用すれば寝たきりでも受講できます。自宅でお茶を飲みながら、たまに居眠りしながらでも受講すればいいと思います。そして、リアルで受講したい方は足を運べばいい。 高学歴者ほどお勉強が好きです。「一生学び」ということでコンテンツを通じて受講者間のコミュニティを作って、そのメンテンナンスまで手掛けるというビジネスには可能性を感じます。そこにお金を惜しまない人たちは確実にいると思います。 多様な人が安心しておひとりさまの老後を堂々と生きる社会になっていくために、当事者のニーズから考えられること、できることは、たくさんあると思いますよ。

聞き手

田中 卓

Hakuhodo DY-Matrix マーケティング・プラニングディレクター。 100年生活の「Well-being≒満たされた暮らし」のモデルをつくることを目指し、業務に取り組む。

安並まりや

博報堂 新大人研所長 年間100名以上の高齢者とのインタビューやワークショップを通じて エイジング世代における多様なウェルビーイングの在り方を探索中。

殿村江美

㈲E.flat 代表。 ウェルビーイング時代、人々がポジティブな感情で生きられる生活価値を創り、届けるマーケティング活動に携わる。

プロフィール
副所長
田中 卓
95年博報堂入社。21年から、Hakuhodo DY MATRIXに在籍。100年生活の「Well-being≒満たされた暮らし」のモデルをつくることを目指し、業務に取り組む。共著に『マーケティングリサーチ』がある。