2023.08.28

ウェルビーイング図鑑 Vol.03 周りの人が幸せそうな時が一番幸せ。 なぜなら、周りの幸せそうな声や表情は見えるけど 自分の姿は自分では見えないから。

まりこさん(67歳)にとっての「ウェルビーイング」
PROFILE
お名前:斎藤まりこさん(仮)
年齢:67歳
居住地:茨城県
家族構成:夫(再婚)、母(100歳)と同居、子供6名(3人ずつ子供いる同士の再婚、別居)
職業:金属工芸の工房経営
自病歴:PTSD
趣味:ラテン音楽、あみぐるみ等

普段の生活

朝から晩まで、正月以外は休みなく、工房、母親のお世話に奔走し、合間に趣味等好きなことに邁進

金属工芸の工房を経営されているまりこさん。その一日は多忙を極めています。「朝の7時半起床し、朝食の支度や母親の世話などをします。母をデイサービスに送り出した後、洗濯などをし、1階の工房でデスクワークを行います。昼間は工房のメンバー(夫、息子が職人)にお昼を作ります。仕事の合間に買い物をして夕食の準備、親や家族に食事させて、片づけ後またデスクワークをします。12時には寝ようと思うけど、就寝は1時頃。」こんなに多忙なまりこさんですが、ストレスには感じていない様子。「休日はなく、日曜も工房は休めません。1年に1回くらい仕事をしない日を決めて休みますが、仕事をしている意識がなく、普通に生きているという感じ。」忙しい生活の合間にラテン音楽やあみぐるみ等、様々な趣味を楽しんでいます。

ウェルビーイングの構成要素

今回新たな試みとして、ウェルビーイングの構成要素だけでなく、ペインリストの作成も依頼しました。理由としては長期的にウェルビーイングな状態を保つときに、嫌なことや苦しいことに対してどのように対応していくかを見ることがその人のウエルビーイングを深く知るにおいて重要だからです。

まりこさんのウェルビーイングツリー

まりこさんのウェルビーイングの形を、木に見立てて構造化しました。構成要素は大きく分けて3つあります。

1.根っこの部分:生い立ちや経験から得られた人生観

寂しい幼少期、元夫の暴力が発端でPTSDに

自ら工房を経営し、仕事や趣味に邁進しているまりこさんですが、最初から順風満帆ではなかったそうです。子供の時に親と離れて暮らし、人に甘えたことのない幼少期を過ごしました。その生い立ちが関係してか、若い頃は優しげな男性にすぐついて行ってしまったことも。自分が必要とされていることが愛情だと勘違いし、最初の結婚は失敗したそうです。理由は元夫の酒乱。いつも夜遅くに騒いでいたのですが、ある日まだ子供が起きている時に暴れたので、そのまま子供たちを連れて逃げました。昼間にこっそり荷物を取りに行き、引っ越して違う土地に逃げたそうです。その後無事離婚が成立、シングルマザーとして仕事をしながら3人の子供を育てました。7年後に現在の夫との再婚も果たしましたが、過去の出来事がまりこさんを今も不安にさせています。今でもカウンセリングに通い、処方された抗不安薬を飲んでいるものの、たまに悪夢を見ることがあるそうです。不安やトラウマについて「その気持ちはさび付いたように自分では取れないところにくっついている気がする。取れないし、浄化もできない」と説明されていました。

悲しみは感受性をより豊かに

そんな過去の経験があるからか、「寂しい思いをしている人は、幸せそうに見せていてもわかる」感受性を身に着けたそうです。寂しさという一見ネガティブな感情も、実は人とつながるにおいて重要な感情だとまりこさんは語ります。「人間は社会的動物だからどんな人もみんな寂しいし、寂しい感情があるからこそ、必ずつながれる」。寂しさの感受性は、まりこさんの趣味のひとつであるラテン音楽の歌唱に役立ったり、クラシックや絵を、より深く味わう体験ができるそうです。寂しさとやさしさは人の弱さを知ることで得られる感情であり、弱さは人間を深く知り、つながることができるという考えが印象的でした。

2.幹・枝葉の部分:ウェルビーイングの構成要素/ウェルビーイングとは

まりこさんの生い立ちや過去の経験から得られた人生観が、彼女の人生の指針やウェルビーイングを構成する要素に影響していると感じました。まりこさんの幸せ(ウェルビーイング)は、表現することから、家族・友人とのつながり、仕事のことまで多岐にわたっています。

表現する

あみぐるみとラテン音楽が趣味のまりこさん。その共通点は自分を表現すること。あみぐるみは下の写真のようなユニークな作品が多いそうです。「あみぐるみは人に見てもらってくすっと笑える、嫌なことがあった人でもホッとできるようなものを作りたいと思っている」。写真のように掃除機や冷蔵庫等、緻密かつユニークな作品を作られては、グループ展や品評会に応募しています。 ラテン音楽は15年以上前から歌われており、プロのレッスンにつかれているそうです。ご飯を作りながら、子育の合間等、まりこさんの日常は歌とともにありました。「他の人は文章を書いたり、楽器を演奏したりして表現するけれど、私の場合は歌うことが自分を表現する方法のひとつ」。ラテン音楽は商業音楽ではなく過酷な労働の中で生まれた音楽。だからこそ、彼女の人生と重なる部分が多くあるそうです。できれば死ぬまで歌いたい、歌はまりこさんのライフワークとなっています。 あみぐるみやラテン音楽など表現する場を持つことは、人生の出来事を心に留める効果もあると話していました。「グループ展をしたりコンサートを主催する等、心に留める機会づくりは大事なこと。年をとってくると無意識に時間が流れていくから」。表現を通じて人生の出来事を心に留める工程も、まりこさんのウェルビーイングを構成する大事な一部であると感じました。

人間同士でつながる

あみぐるみもラテン音楽も気持ちを表現するだけでなく、人と人とがつながる手段にもなっています。あみぐるみについては子育てにイライラしているお母さんを集めて講習会を開いたところ、お母さんたちから心の落ち着きを取り戻したと喜ばれたそうです。ラテン音楽についてもコロナで2年近くコンサートができなかったのですが、最近コンサートを企画することができました。サークルのメンバーは「みんなで手をつないで前を見ながら一緒に衰えていく仲間」だそう。「決して歌がうまい人の集まりではない。緊張で震えて歌えない人も。その日の自分を精一杯表現するのを心に刻むのが目的」。サークルも、参加者が持つ様々なバックグラウンドを気にせず付き合えることに配慮して運営されているそうです。人とつながり貢献できる場を持つことは、まりこさんの人生のテーマのひとつであり、お互いの存在を認め合う場をもつことが彼女のウェルビーイングにとって大事であることが分かりました。

積み重ねる・遺す

経営されている工房については、「今まで少しずつ積み重ねてきたものに対して達成感があり、つらいこともあったけど自分に対してよくやったじゃないかという自信にもなっている」とまりこさん。自分や夫がいなくなった時に、職人として働いている息子たちが今の生活を維持できるように、積み重ねた資産を、義務感と感じさせずに子供にうまくバトンタッチできたらいいと思っているそうです。 積み重ねるという点では、去年の自分をベンチマークにするというある行事についてお話してくれました。クリスマス等の行事で家族や友人にケーキを焼くのですが、その目的は、自分の好奇心やモチベーションが保たれているかを測るためだとか。「今年は去年よりもっと創意工夫ができるか、そのモチベーションがあるのか等、自分の気力と体力を確認するために毎年チャレンジしている。自己満に近い」。今年の自分をチェックすることは、できれば死ぬまでやり続けられるといいとお話されていました。

3.未来にむけて

現在だけでなく、将来自分がどうありたいかを想像することも、まりこさんのウェルビーイングとして大事なポイントだったのでご紹介します。

命と、将来の自分を見つめる

まりこさんは100歳になる母親を介護する毎日を送っています。具合が悪いときは30分おきに見に行くことも。今まで義母含め3人を介護して、2人見送りました。介護のポイントは家族であっても淡々とお世話する「あっけらかんの介護」をすること。「感情を込めてしまうとネガティブな感情に飲み込まれてしまって続かない。続かないのが一番残酷。介護施設の職員と同じような淡々した対応をしている」。 母親の介護をすることは同時に、自分の未来について考えるきっかけにもなっています。「年寄りは(自分の身体の自由が効かなくても)精一杯その瞬間を生きている。人間の命を全うする生き物としての姿を目の当たりにして、自分自身について考えるようになった」。まりこさんの人生の最後について、具体的に考えるようになったそうです。「この身体が言うことを聞かなくなったら、ひとりでホームに入るのは決めている。その時はラテンの歌を部屋で歌えるといいな。ギターも弾けるといい。死ぬ直前にもし身体が動いたら自分の瞼に目を書いて(起きているかのように見せて)死にたい。最後まで人を笑わせたい」。大切な家族が衰えていく姿と毎日付き合うということは、自分の人生も終わりに向かっていることを、実感することなのかもしれません。

夢と使命

最後にまりこさんは昔やっていた喫茶店のような、人と人がつながる場所をもう一度作りたいという、夢について語ってくださいました。「最初の結婚をして子供がまだ小さかったころ、生活のために喫茶店を始めました。そのお店が学生街でとても人気になって、当時まだパソコンも携帯も無い時代に、お店にノートを置いたら学生たちが思い思いの気持ちつづっていました。今のSNSの様な物だったのだと思います。お店を辞めるときにみんなで最後のお別れ会をやってくれたり、閉店後数年経ってからお店の同窓会を開催してくれたり。素晴らしい思い出と共に、人と人をつなげることは、自分の使命の様なものを感じました」「今の世の中が不安で安らげる場所が少ないと感じているので、子供とか年齢に限らず、そこに行けば安らげる場所、隠れ場のような場所を作って死にたい」。今までずっと家族や友人など大切な人を見守りつなぎ続けていたのが、ご自身の使命であると感じていたまりこさん。彼女がこの世を去っても大切な人を守りたいという気持ちを、形として残しておきたいという未来への意思が見えてきました。

ウェルビーイングとは「周りの人が幸せなことが一番幸せ」

まりこさんのウェルビーイング(よりよく生きる)とは何か?と聞くと、「よりよく生きることを実践するために行動することはないと思う。行動していることは後で考えると自分にとって必要なことだったんだとは思うけど」と言いながらも、「周りの人が幸せそうなときが一番幸せ。」と答えてくださいました。「(自分が幸せかどうかは)自分には見えない。目で見えるのは周りの人の表情や声のみ。世の中は不安な状況で何が起こるかわからないから、周りが幸せなのがとても大事」。悲しみや心を患うほどのストレスに見舞われたからこそ、「やさしさを持ち寄る」ことを人生のモットーとして、人をつなげたり、面倒を見たりすることがご自身のウェルビーング(よりよく生きる)において最も大事なことと考えているようです。 周りの人が幸せそうな時が一番幸せ。 なぜなら、周りの幸せそうな声や表情は見えるけど 自分の姿は自分では見えないから。

まりこさんのウェルビーイングのポイント

去年の自分が今年の自分のベンチマークに、親の姿が未来の自分のベンチマークに

毎年友人にケーキを作る恒例行事が、去年の自分を超えられるかを試す機会にもなっていました。年齢を重ねるほど、新しく得る実感よりも、何かが失われていく実感の方が強いのだと思います。だからこそ去年の自分をベンチマークにして体力や気力、好奇心等が損なわれていないかチェックすることは、ウェルビーイングを維持していくにおいて大事なポイントであることが分かりました。また親が歳を重ねる姿を日々見ることは、自分の未来を考えるきっかけにもなっているとおっしゃっていました。介護される立場になったとき、どのように暮らしたいのか、死ぬときはどうありたいのかという姿がより具体化されていました。今の親の姿は自分の未来の写し絵になっているのです。過去の自分との比較することで現在の状況を確認し、親の状況から、将来の自分の姿を想像する。そうやって自分の一生を地続きに見据えられるというのは発見でした。

悲しみは感受性を高め、人生をより実感できる感情に転化

悲しみや苦労が多い人生だったといいながら、悲しみは感受性が豊かになることだと解釈されていました。この感情は歌の表現や、人との付き合い方にも影響を及ぼしています。悲しみを避けるのではなく、咀嚼することで気持ちの機微に敏感になり、人を理解し尊重する度量が深まったのだと思います。ネガティブな感情に対する解釈や、意味づけをどうするか、ウェルビーイングを考えるにおいてとても重要であることに気づきました。

新たな終活の視点:しまい方ではなく遺しかた

まりこさんのお話は終活の考え方に新たな視点を示してくれました。断捨離や、墓じまい、家じまい等、今終活で注目されている行動やサービスはしまい方に終始しがち。家族に迷惑をかけないために跡形もなく無くす視点が中心的です。まりこさんは「夢」と言いながらも、人々がやさしさを持ち寄れる場を遺して死にたいと言っていました。それが子供たちだけでなく周りの人にとっても必要な場だと確信しているからだと思います。自分がこの世を去った後、大切な人や地域の未来に何が遺しせるか?今持っている経験と能力、資産で何ができるか、という視点で終活を考えると、新たな終活の在り方が浮上しそうだと思いました。

取材協力:趣味人倶楽部:会員35万人・月間3000万PV、日本最大級のシニア向けコミュニティサービスです。定年退職や子育て卒業後、同世代と繋がったり、趣味を深めるために利用しています。オースタンス:オースタンスは、シニアDXを推進するスタートアップ企業です。 ITを活用し、中高年・シニア世代に、ポジティブな変化を生み出し、 エイジングエネルギー溢れる社会をつくっていきます。

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Well-being Matrix
Well-being Matrix編集部
人生100年時代の"しあわせのヒント"を発信する編集部。