2023.09.28

「睡眠」でウェルビーイング:英ウォーリック大学による世帯調査より

要約すると

  • 睡眠によって健康や幸福を高めるには、「睡眠の質」がもっとも重要。

  • 質の良い睡眠は宝くじが当たったのと同レベルの幸福感をもたらす。

  • 睡眠のポジティブな影響力は、個人だけでなく地域全体のウェルビーイングを向上させる可能性も秘めている。

人間が身体的、精神的、社会的に良好な状態であることを意味する「ウェルビーイング」。16世紀のイタリア語「benessere」を語源にもつこの概念は、新型コロナウイルスの感染拡大で健康に対する意識が高まり、働き方や生き方を見直す人も増えるなかで、今改めて耳目を集めています。 

さて、では何をすれば、よりウェルビーイング(健康かつ幸せ)になれるのでしょう。メンタルクリニックで専門家とのセッションを重ねれば、精神面の健康は保たれるかもしれません。しかし、それよりもずっと日常的で、お金をかけずに、できることがあるとしたらどうでしょう? 

2017年に実施された英国の研究によれば、良質な睡眠を長期間続けられた結果得られる幸福度は、専門家による8カ月間の認知療法を受けたあとの幸福度に匹敵することが明らかになったそうです。

いい睡眠の幸福度は「2000万円の宝くじ当選」に相当 

ウォーリック大学のニコール・K・Y・タンをはじめとした心理学者と数学者からなる研究チームは、2009〜2011年と2012〜2014年に英国で行なわれた世帯調査において、睡眠および健康&幸福に関する回答やインタビューに関わりました。そして30,594名のデータを分析し、睡眠のポジティブな変化が人々の健康と幸福に及ぼす潜在的な効果を疫学的な観点から検討しました。 

ここで気になるのは、睡眠にとっての「ポジティブな変化」とは何なのかということです。この研究では4年間における(1)睡眠量、(2)睡眠の質、(3)睡眠薬の摂取量の変化に着目。その結果、将来の健康や幸福に与える影響は、3つのバロメータのうち「睡眠の質の変化」がもっとも大きいことが明らかになったと言います(Tangら、2017)。その後の順番は「睡眠薬の摂取量の変化」、そして「睡眠量の変化」と続きます。 

研究チームはまた、睡眠がウェルビーイングに与える影響についてユニークな比較を行なっています。睡眠のポジティブな変化は、成人の精神状況を測定するGHQ-12(精神健康調査票)において最大2ポイントの低下が見られましたが、これは「心理的なウェルビーイング向上を目指して設計された、メンタルヘルスの専門家による8カ月間のマインドフルネスに基づく認知療法プログラム」を受けた後の数値に相当するというのです(Tangら、2017)。

さらに、この数値は「英国のBHPS宝くじで、中規模の当選金(日本円で20万円から2,600万円に相当)を獲得した人物が2年後に示す幸福度の平均改善値(1.4ポイントの低下)」(Tangら、2017)にも匹敵します。 

いい睡眠と、身体的・心理的な健康との意外な関係 

この研究では、前述した睡眠にまつわる3つのバロメータがそれぞれ健康に及ぼす影響についても検討しています。 

その中で特に興味深いのは、睡眠量の増加は、精神的な健康スコアの向上にはつながりますが、「4年後の身体的健康スコア(PCS)の向上とは関連しない」(Tangら、2017)という結果です。つまり、心理的ウェルビーイングと身体的ウェルビーイングでは、睡眠時間が長くなることで得られる恩恵に時間差が生じることを示唆しています。 

研究チームにとっても、この結果は予想外だったようで、論文ではその理由について、「より長い睡眠が身体的健康にもたらすベネフィットは出現するまでに時間がかかるのかもしれない」と考察しています(Tangら、2017)。

「たくさん寝るための睡眠剤」には注意 

総論としてこの研究は、睡眠の変化が将来的な健康や幸福に影響を与えることを示したものですが、これは個人レベルだけでなく、地域のウェルビーイングにも活かしうるものとされています。 

「最低限必要な睡眠時間を守り、睡眠の質を高め、睡眠薬の使用を減らすことをめざす取り組みは、公衆衛生としても有用かもしれない」(Tangら、2017) 

公衆衛生への介入に関する近年の研究では、長時間シフトの撤廃と労働時間の短縮をめざすワークスケジューリング上の工夫や、病院内で長期夜間勤務者に保証されている睡眠時間(5時間)の取得遵守をうながす労働ポリシーによって、よからぬ結果を防止したり大幅に減らしたりできることが先行研究によって実証されています(Effect of a protected sleep period on hours slept during extended overnight in-hospital duty hours among medical interns: a randomized trial、2012)。 

市民全体で、より良い睡眠を摂るための効果的な手立てが明らかになることは、こうした取り組みと同様の可能性がある一方、タンらは、国や地方自治体がより良い睡眠の取得を奨励する場合には注意が必要であるとも注意喚起しています。 

たとえば、睡眠と健康に関する国民の意識改革をする場合、必要最低限の睡眠時間を強調するのも重要なのですが、それと同時に「質の良い睡眠をとることや、睡眠薬への依存を減らしていくことの重要性」についても発信する必要があると言います。つまり、手段を選ばずとにかく睡眠時間を増やせ、というメッセージにならないようなコミュニケーションが求められるのです。 

いずれにせよ個人にとっては、より良い睡眠は宝くじを当てたり、メンタルヘルスの専門家に通ったりするよりも、ずっとハードルの低い行為であることに変わりはありません。未来のウェルビーイングを求めるならば、毎日の睡眠を見直すことから始めてみるのも1つかもしれません。 

クレジット 

引用論文: 

Nicole K. Y. Tang, Mark Fiecas, Esther F. Afolalu: Changes in Sleep Duration, Quality, and Medication Use Are Prospectively Associated With Health and Well-being: Analysis of the UK Household Longitudinal Study(2017、https://doi.org/10.1093/sleep/zsw079) 

画像素材:PIXTA 

プロフィール
Well-being Matrix
Well-being Matrix編集部
人生100年時代の"しあわせのヒント"を発信する編集部。