2023.03.17

日本のウェルビーイングの「今」と「これから」後編

ウェルビーイングトーク しあわせの、これから。Vol.2
Vol2.は前編<日本のウェルビーイングの「今」と「これから」前編>に続いての後編です。人生後半戦をウェルビーイングに生きるための心構えや、社会全体でウェルビーイングを目指す視点についてお話を聞きました。
幸福学の研究・実践をされているご夫妻、前野隆司さんと前野マドカさんにお話をうかがいました。

お話をうかがった方

前野隆司(まえの・たかし)さん

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授兼同大学ウェルビーイングリサーチセンター長。幸福学、幸福経営学、イノベーションの研究・教育を行なっている。著書に、『脳はなぜ「心」を作ったのか』(筑摩書房)、『幸せのメカニズム』(講談社現代新書)、『幸せな人生を送る子どもの育て方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)『幸せな職場の経営学』(小学館)、『幸せの日本論』(角川)など多数。

前野マドカ(まえの・まどか)さん

EVOL株式会社代表取締役CEO。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科附属システムデザイン・マネジメント研究所研究員。国際ポジティブ心理学協会会員。サンフランシスコ大学、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)などを経て現職。著書に 『そのままの私で幸せになれる習慣』(WAVE出版)『月曜日が楽しくなる幸せスイッチ』 (ヴォイス)、『ニコイチ幸福学』(CCCメディアハウス)など。

30代から100年生活のワクワクを「準備」する 「やってみる」ことで、一生続くワクワクを育てよう

前回お話に出た「老年的超越」の中に、歳をとると一人でも孤独を感じなくなる、とありました

前野隆司さん(以下、隆司): 実は、一般に孤独と言われる状態には、Loneliness(独りで寂しい状態。学術的にはこちらを孤独または孤独感と呼びます)とSolitude(孤立・孤高の状態)の二つがあり、これらは異なるものです。一般の方が「孤独は悪いもんじゃないよ」というときは、solitudeを指していることが多いですね。孤立・孤高は、ひとりで何かに打ち込んだり、ひとりの時間を楽しみ、時に人と交わるような状態で、このような人は実際に幸福度が低いわけではないことが研究でわかっています。一方、孤独感を感じやすい人は、同時に寂しさや不安を感じやすく、自己肯定感や楽観性が低く、幸福度も低い傾向にあります。

「この時間はひとりで、これに打ち込むんだ」と思えたり、「やりがい」があって、会いたい時に人と会って「つながる」ことができれば、寂しさを感じることのない幸せな状態でいられることがわかっているので、誰もが一人になることを主体的に選べて、Lonelinessに陥らない社会の受け皿が大事ですね。

自分が楽しめることがわからず、定年後、新たな一歩が踏み出せない人はどうすればいいですか

隆司: 前回ウェルビーイングのU字カーブのお話をしましたが、まずは、50歳になって慌てないためにも、なるべく早い段階から、「やりがい」につながる好きなコトを準備しておくことを心がけましょう。「65歳になったら世界一周したい!」という方がいますが、それを達成したら終わりになるようなものではない方が望ましいと思います。私が、いろいろな方に接する中で思うのは、何かをずっと続けている人は幸せです。達人とまではいかずとも、盆栽いじりでも、書道でもいいんです。30代、40代のうちから、100歳まで続けられるコト、何かワクワクできるコトを探すことは大事でしょうね。

もちろん定年後からでも遅くはありませんが、いくら本やWEBで調ても見つかるものではありません。やってみないと見つからないので、是非、小さいことでいいのでいろいろなことにチャレンジしてみてください。失敗したら、また違うことにチャレンジすればいいじゃないですか!

前野マドカさん(以下、マドカ): ワクワクはもちろん心身の健康にもいでしょうし、周りの人たちにもいい影響を与えます。ただ、みなさん、ワクワクが必要なことはなんとなく知ってはいるけれど、なかなか見つけられないんですよね。私は、まず、ひとり一人のワクワクを見つけられるシステムが必要だと思います。きっかけ作りは、ワークショップやアプリなど、いろいろ考えられるのではないでしょうか。

ワクワクは、「百人百様」 多様で雑多な「つながり」が生まれる 開かれたプラットフォームを

では、一人ひとりがワクワクを見つけるための、メカニズムのようなものはありますか?

隆司: 「好き」「強み」「社会への役立ち」「お金」4つからなる生きがいのベン図で考えれば、その4つの重なりの部分を早く見つけて強みにして回すというのが、理想的なメカニズムでしょうね。早く見つけるに越したことはないのですが、これは結構難しいかもしれません。 以前、対談したボーダーレスジャパンの田口一成さんは、そもそも生まれたときはワクワクすることがないのは当たり前で、ちょっとワクワクすることを10個見つけて、そのなかの一番ワクワクする一つをちょっとやってワクワクを育ててみて、一段落したらまた次のワクワクを見つけてやっていく、その繰り返しでいいんだ、とおっしゃっていました。そうやって自分のワクワクを育てるうちに、身近なコミュニティの10人の中では一番になるくらいのものが見つかる。それが、強みになれば、楽しくなってくると思います。「やってみる」ことが大事で、考えているだけでは自分が成長しません。自分が少しずつ成長しながら、ワクワクを見つけていくというのがメカニズムではないでしょうか。

マドカ: 第一人者と聞くと、「私なんかムリムリ」と尻込みする人が出てきそうですが、結果的に100人100通りの自分にとってのワクワクがあって、みんなが誰かの役に立てたら幸せなことですよね。論文にも書いたのですが、ちみちというNPOが手掛けた岡山県の地域活性策「一人一品運動」は、地域の方一人ひとりのワクワクできることを見つけて広げる活動でした。おばあちゃんのお漬物づくりとか、おじいちゃんの竹細工とか、住民の「強み」を引き出して地域全体でおすそ分けが生まれて、ワクワクが循環していました。おすそ分けはみんなを幸せにするメカニズムだと思います。

幸せの在り方は一人ひとり異なる中で、その多様性を下支えするシステムで何が大切ですか?

隆司: 多様性を下支えするために、わたしたちが今チャレンジしているのは、多様なコミュニティづくりです。前回取り上げた化粧品会社さんのフランチャイズの取り組みや、ヘルシーテンプル、オンラインサロンウェルビーイング大学、ウェルビーイングダイアログカード、はたらく幸せ研究会、みんなで幸せでい続ける経営研究会、ウェルビーイングデザイン研究会、shiawaseシンポジウム、新富町のこゆ財団、小布施町の地域活性化などがあります。 あわせて、様々なところで行われている小さなコミュニティの研究もおこなっています。その一つに、東京都市大学の板倉先生たちと一緒に研究した「芝の家」があります。心理的安全性のある場だけを作っておけば、人って勝手に集まって行動しはじめるんですよ。芝の家には、縁側があって、リラックスできるソファとちゃぶ台があって、おじいちゃん、おばあちゃんも立ち寄るし、子どもたちもちょっと宿題していったりしています。「ただ来るだけでいいんだよ」という雰囲気は大事です。コミュニティというものは、放っておくとクローズになってしまいがちです。ですから、常に、外の人からどのようなコミュニティに見えるかを意識して、オープン性を高めて、いろいろな人が出入りできるようにすることはとても重要です。

自然発生的な集まりが生まれる場やコミュニティが、オンライン、オフラインでもっとあるべきでしょうね。SNSを見ても、知っている人同士がつながっている状態で、世界80億人の中にいる、自分と同じ趣味をもった誰かと、ちゃんとつながることのできるメディアはまだないですよね。世界中の人とつながることができるオープンなプラットフォーム、それでいてクローズドなコミュニティも混じっているような、多様で、ごちゃごちゃしたつながりが生まれるプラットフォームがあるといいな、と常々考えています。

放っておくと「幸せ格差」が生まれる 「ワクワクの民主化」で、社会のウェルビーイングを 底上げする

社会全体でウェルビーイングになるための視点を教えてください

マドカワクワクを見つけ出すことを習慣づけすることも大事だと思います。私のお手伝いしているショップのオーナーさんは「オールウェイズ、わくわく」を掲げて、仕事中でもプライベートでも、すべてをワクワクするにはどうすればいいかということだけを考えています。仕事場のマグカップに「オールウェイズ、わくわく」と書いてあったりするだけで、強制されるわけでなく、スタッフたちが自然と、「この商品をおススメするとき、どうすれば喜んでもらえるかな?」「どうすえば自分もワクワクできるかな?」と常にワクワクを探しています。とてもいい習慣だなって思います。

隆司: 今の話を聞いて、「ワクワクの民主化」が必要だと思いました。私は、幸福学の研究を通してやりたいことが次々と出てくるので、100年どころか人生1000年あっても足りないんじゃないかと思っています(笑)。でも、そんなこと言って幸せを独り占めしていちゃいけないんですよ。

放っておくと、「幸せの格差」はどんどん広がっていくので、そこは注意が必要です。現代社会の中で、ワクワクが見つけられない方は、本当に苦しんでいらっしゃいます。社会として、お金の心配をなくすベーシックインカムのようなしくみも必要ですが、「ワクワクの平等化・民主化」も行っていかないと、本当の意味で社会全体が幸せにつながらないと思います。

すべての産業をウェルビーイングへ 現業の先にある「やりがい」「つながり」づくりへ、 発想の転換を

今後の民間企業とウェルビーイング、その際の注目領域や期待について教えてください

隆司: 注目領域はすべての領域です。すべての業種で人々のウェルビーイングに関係する価値を生み出せると考えます。コミュニティづくりなど直接的にウェルビーイングにかかわるイメージが持ちやすい分野以外でも、すべての仕事はウェルビーイングに関わっていると考えています。具体的に「やりがい」や「つながり」といったウェルビーイングの要素につなげていくために、何が足りないか?何をすればいいか?誰と組むといいか?ということを考えてほしいと思います。ウェルビーイングなカメラというとピンとこないかもしれませんが、写真を撮ることを通して、写真を見せ合い、教えあうコミュニティをつくるところまで考えれば、それはウェルビーイングにつながっていきますから。

従来の経済成長だけを目指す製品やサービスから、ウェルビーイングを高めることを目的とする製品・サービス・システムづくりへ、発想を切り替えるときが来ていると思います。健康産業はすでに何十兆円もありますが、幸せも含んだウェルビーイング産業は、その何倍にもなると予測している学者もいます。巨大産業になり得るということです。

最後に、ご自身が、あったらいいなと思う「ウェルビーイングな〇〇」を教えてください

隆司: それは、理想の「村」です。100人の仲間で畑を耕して、ウェルビーイングについて学びながら、それを広げていく、そんな「村」を作りたいと思っています。イギリスにあるシューマッハ・カレッジ*2のようなイメージです。 マトリクスさんには、是非、いろんな産業と人、人と人をつなげて、「ウェルビーイングな〇〇」をどんどん作っていってほしいです。ウェルビーイングデザイン賞なんていうのもいいですね。一緒に作りませんか!実践を通したヒントがどんどん増えていって、SDGsの次にくるような動きにつながって、多様なウェルビーイングがあふれる世の中になっていくことを目指したいです。 *2 シューマッハ・カレッジ:「スモール イズ ビューティフル」を執筆した経済学者 E. F. Schumacher の系譜を引きSatish Kumarが始めたエコロジカルな新しい経済の学びと実践をおこなう教育機関。イギリス南部の小さな町トットネスにある

聞き手

田中 卓

Hakuhodo DY-Matrix マーケティング・プラニングディレクター。 100年生活の「Well-being≒満たされた暮らし」のモデルをつくることを目指し、業務に取り組む。

殿村江美

㈲E.flat 代表。 ウェルビーイング時代、人々がポジティブな感情で生きられる生活価値を創り、届けるマーケティング活動に携わる。

プロフィール
副所長
田中 卓
95年博報堂入社。21年から、Hakuhodo DY MATRIXに在籍。100年生活の「Well-being≒満たされた暮らし」のモデルをつくることを目指し、業務に取り組む。共著に『マーケティングリサーチ』がある。